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第2話 初夜
「何をしている?」
そうジュリアードに問われて、リマーユは、困惑した。お互い、儀礼式典用の服のままだった。急ごしらえの披露宴だったが、結局、こんな時間まで掛かってしまった。それはそうだ。貴族同士の結婚なのだから。例え、男同士、と言えども。教会で誓約をして、終わり、と言う訳には行かなかった。披露宴を催すのは、通例だ。しかも、ジュリアードは侯爵家の子息と言うだけでなく、英雄とも言える男なので、それは盛大に行われた。
「何って、ベッドを整えようかと思って……」
ジュリアードの家、今はリマーユの家にもなった訳だが、その客間でベッドのシーツを直そうとしていた所だった。意外な事に、ジュリアードの家には、住み込みの使用人は二人しか居なかった。ほとんどは、通いの使用人だと言う事だ。だから、こんな些事も、自分でするしかないらしい。ベッドを用意して欲しいと言ったら、シーツを渡されて驚いた。そんな訳で自分で用意をしていたのだが、当然、慣れないせいで、全くと言って良い程、進んではいなかった。
はあ、と溜め息を吐かれる。手からシーツが奪われた。
「お前の部屋は、俺と一緒だ」
「え!?」
思わぬ事を言われて、リマーユは目を見張った。がし、とジュリアードの大きな手が、リマーユの腕を掴んだ。
「誤解をしているようだから、はっきりさせておく」
「わわ、ちょ、ちょっと、ジュリアード!?」
引き摺られるようにして、リマーユは廊下を歩かされた。そして、二人は主寝室へと入った。入って直ぐに、大きな、ジュリアードの大きな身体を簡単に受け止めるだろう、それどころか、リマーユが一緒に横になっても大丈夫な程、大きなベッドが有った。ベッドは既に用意が終わっていた。主寝室なのだから、当然の事だが。
「座れ」
「は、はい……」
促され、素直にベッドの端にちょこんと座る。ジュリアードの言葉は、リマーユに取っては、絶対だった。昔も、そして、今も。
「結婚したんだ。夫婦は一緒の部屋で寝る」
当然の事を言われ、一瞬、納得し掛けたが、リマーユは、ゆるゆると首を横に振った。
「でも、僕達は、ただの仮面夫婦でしょう?」
貴族の中には、仮面夫婦は多かれ少なかれ居る。決められた結婚故に、起こる事だった。それでも、長く一緒に居れば、愛を育む夫婦も出て来る、と分かっているからこそ、そして、血と魔力をつなぐ為にも続けられた風習だった。だからこそ、ミシェーリの出奔などと言う大事が起こってしまったのかもしれないが。
当然、二人の結婚も、そうなる物である筈だった。披露宴でも、あちらこちらで、言われていた事だ。表情が極端に乏しいとは言え、ジュリアード程の美丈夫が、英雄が、放っておかれる筈も無かった。中には、あからさまにジュリアードに秋波を送って来る女性も居たくらいだった。信じられない事に、未婚者だけで無く、既婚者も。
上から、溜め息が降って来る。当然、ジュリアードが吐いた物だった。
「俺は、納得の上でこの結婚を決めた」
「う、うん……」
視線を合わせる為にか、ジュリアードは片膝を付いた。騎士が、誓いを立てる時の仕草で、ジュリアードの服装もあり、リマーユは、どきり、と胸が高鳴るのを抑えられなかった。
「教会で誓った。俺は騎士だ。絶対に誓約は守る」
嘘の無い、真剣な瞳だった。リマーユが惹かれて止まない紫色の美しい輝きが、魔法の灯りを受けて、煌めいていた。こう言うからには、確かに、ジュリアードは、誓約を守る気でいるのだろう。
「でも、」
「誓約を言ってみろ」
言葉を遮られ、促されて、子供でも知っている、結婚の五つの誓約を口にする。
「一つ、汝の伴侶を裏切るなかれ」
「俺は、裏切るつもりは無い。お前も裏切るな」
一つ口にした所で、きっぱりとジュリアードは、言った。ジュリアードらしい、潔い声だった。
「で、でも、」
「浮気は絶対に無しだ。お互いにな」
「でも!」
リマーユは、それでも、納得出来ずに口を挟む。大人しいリマーユにしては、珍しい事だった。
「何だ?」
「その…………溜まる、でしょ?」
頬を染めながら、男の自然現象の事を口にすると、ジュリアードは眉を寄せた。
「お前が居る」
当然のようにそう言われて、リマーユは言葉を失った。ジュリアードの言った言葉を、履き違えているのだろうか。どうしようもなく、手が震えた。苦しい、と思ったら、どうやら息を止めてしまっていたらしい。慌てて吐き出して、それから、ゆっくり吸って、恐る恐る口を開く。
「……僕を、抱くの?」
声まで、震えていた。だが、ジュリアードの視線は、全く揺るがない。
「夫婦は、普通にそうする」
「待って、待ってよ。おかしいよ。だって、僕は男で……」
必死にリマーユが訴えると、は、とジュリアードは嗤った。
「男も女も一緒だ」
それは、どう言う事だろう、と思う。ジュリアードの口振りは、まるで、ジュリアードが男を相手にした事があるような物で。嘘だ、と心の中でリマーユは叫ぶ。なら、どうして僕では駄目だったの、と口にし掛けて、必死に飲み込む。何とか言葉を、探す。
「……だ、だったら、僕がジュリアードを抱いても!」
「童貞に抱かれてやるつもりは無い」
「……」
苦し紛れの発言を、きっぱりと切られて、リマーユは真っ赤になった。確かに、リマーユには、経験は無い。だが、どうしてそれをジュリアードは知っているのだろう。ジュリアードは、小さく口元を緩めると、吐き捨てた。
「心配するな。俺は、それなり、らしいからな」
それを言ったのは、一体、誰なのだろう。そんな事を考えている場合では無いのに、リマーユはそれが気になって仕方が無かった。ジュリアードの腕は、どれだけの女性を、いや、もしかしたら男性も、抱いて来たのだろう。そう考えると、嫉妬で胸が詰まりそうだった。
「とにかく、誓約は遵守する。湯浴みをして来る。お前も覚悟を決めておけ」
立ち上がると、ジュリアードは、さっさと寝室を出て行ってしまう。残されたリマーユは、途方に暮れた。
「嘘吐き……」
誓約は五つある。五つ目の誓約は、汝の伴侶を愛すべし、だ。きっとそれは、一生、守られる事はないだろう。リマーユの口から漏れた言葉は、ジュリアードには届かなかった。
赤い綺麗なショットグラスを目の前に差し出されて、思わず受け取ってしまう。
「飲め」
ジュリアードは短く言った。ジュリアードの言葉は、大抵、端的だ。時々、言葉足らずな事すらある。表情が分かり難い分、言葉で補わなければいけないと言うのに、表情同様、直す気は無いらしい。
「甘っ! 何これ?」
けれども、飲め、と言われたので、素直にリマーユは飲んでしまう。だが、その甘さにむせそうになった。
「秘薬だ。即効性のな」
「えっ!?」
驚きでショットグラスを取り落としてしまうが、流石の反射神経で、ジュリアードは軽々とそれを床に届く前に掴み取ると、自分の物と一緒にサイドテーブルへと置いた。
「お互い飲んだ方が、楽だろう?」
「ちょ、ちょっと待って、本当に……はっ……暑い……」
むしろ、熱い、か。身体の中から、沸き上がるように熱が発生するのが分かった。まるで、魔力循環の時のようだ、と思う。リマーユは、魔力循環が、苦手だった。先ず、自分で出来ない。魔力を上手く回す、と言う感覚がどうしても分からなかったのだ。逆に、ジュリアードは得意で、ジュリアードの導きで、一度だけやった事があるのだが、余りの感覚に、いや、はっきり言うと、余りの快感に、泣き出してしまったくらいだった。それ以降、一度もやっていない。それを、強制的に、行われているようだった。
「流石、ミシェーリの開発した物なだけはあるな……」
掠れた声が聞こえて、顔を上げると、ジュリアードがもどかし気に夜着を脱いでいる所だった。薄っすらと汗を掻いたジュリアードは、すさまじい色気を放っていた。
「ほ、本当に、するの……や、怖いっ!」
ジュリアードは、リマーユの夜着にも手を掛けて来る。思わず本音が口から漏れていた。リマーユは、何の経験も無いのだ。女性すら、知らない。それなのに、いきなり男に抱かれるのは、怖かった。例え、どんなに恋焦がれた相手でも。例え、その腕に抱かれる事を、何度と無しに想像した相手であっても。
「怖がりは、相変わらずだな……」
ジュリアードの口からは、苦笑が漏れる。する、と頬を撫でられた。その瞬間に全身に走った物を、どう言ったら良いのだろう。
「ひうっ、やっ、な、何、これ……」
自分の声が、自分の物で無いような感覚だった。甘く、蕩けていた。
「心配するな……気持ち良くしてやる……」
ジュリアードの声も、欲望で濡れていた。容赦無く、ジュリアードに夜着を剥がれる。
「ジュ、ジュールッ!!」
思わず昔の呼び名が口から漏れる程、リマーユは追い詰められていた。だから、いつものように何よりも誰よりも安心出来る手に縋ってしまう。だが、リマーユの声に含まれていたのは、恐怖だけでは無かった。
「ああっ、もう、もう、赦して……」
何度目か分からない吐精を迎えて、リマーユは必死になって声を上げた。散々声を上げさせられて、その声は酷く掠れていた。身体のナカには、ジュリアードの太い指が、三本も入れられている。本来は、苦しい物の筈だったが、リマーユは快楽しか感じていなかった。ミシェーリの秘薬のせいだろう。だが、過ぎる快楽は、苦痛にもなり得る。
「リマーユ、まだだ。まだ、俺はイっていない、お前と違って、な」
ジュリアードの言葉は、リマーユには、呪言のように聞こえた。
「もう、もう、無理、だから……」
そう訴えても、ジュリアードは手を休める事は無かった。ずるり、とナカから抜け出す感覚にすら感じて、リマーユは喘ぎ声を上げる。その快感が治まらない内に、リマーユは、ずん、と大きな何かに、刺し貫かれた。
「いやああああっ!!」
「は……心配、無い。ミシェーリの、秘薬は、快感しか、与えない、だろう?」
確かに、すさまじい快感だった。ぽたぽた、とリマーユの半身から快楽の証が漏れ出る程に。余りの快感に閉じてしまっていた目蓋を押し開けると、ジュリアードの顔が、信じられない程、近くに有った。そっと、口付けを与えられる。そして、手を導かれた。
「ああ……ああ、ジュール、やだ、嫌だ……そんな……」
つながっている部分に触れさせられ、呆然とする。口からは、意味も無く言葉が漏れていた。
「これで、お前は、名実共に、俺の物だ……」
揺さ振られながら、リマーユはそれに合わせて嬌声を上げる事しか出来なかった。
そんなの、とっくに、全部、貴方の物だ。身も、心も。リマーユは、薄れる意識の片隅で、ひっそりと思った。
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