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track.4

 疲れ果てた自由(みゆ)は猫のように身体を丸め、枕に顔をうずめてぐっすりと眠っていた。  泣き過ぎたのか目尻が赤く腫れている。  男は一人書斎に篭り、濃いめのブラックコーヒーを片手に製図用の細いシャープペンを何度か設計用紙に走らせては時折額に当て、思いついたようにまたペンを走らせ、それを何度か繰り返す。  キリがいいところで手を止め、ペンを無造作に机に転がすと空のマグカップと一緒に自由の眠る寝室に向かった。  眼鏡も外し、咥えタバコでベッドを覗くとちょうど自由が寝返りを打ってこちらを向いた。 「ん……」と声にならない寝言がして、じっと眺めていると口が咀嚼するように動きはじめた。 「まだ食ってんのか」と男は呆れ半分微笑み、悠々と幸せそうに眠っている自由をしばらく眺めた。  朝、目を覚ますとベッドにはまた自由だけが伸び伸びと横になっていた。柔らかい布団にスリスリと顔を擦り付けて自由は眠りの余韻に浸る。 「ふぁ〜……。腹……減ったぁ……」  大きな欠伸と共に自由が漏らすとベッドの足元側に1人掛けソファで新聞を読んでいた男が呆気にとられながら「若ぇって怖いな……」と慄いた。  シャワーから出た自由はパンツ一丁でキッチンに現れた。タオルで濡れた髪を荒っぽく拭きながらテーブルの上に置かれた郵便物に目を止め声をあげた。 「あ!」 「あ?」とキッチンで朝ご飯を調理している男がオウム返しで振り返る。 「見つけた! “葉山誠一郎(はやませいいちろう)”!! 名字、葉山って言うんだ?」  驚くほどにあっけらかんと笑って自由が告げるので葉山は思わず口を開いたまま黙り込んだ。 「……え? なに? 違うの?」 「…………やっぱ怖ぇわ……」 「???」  葉山はトーストに卵にベーコン、コーヒーと、極々一般的な朝ご飯を作って自由に出した。  朝からステーキでもなければ寿司でもメロンでもないんだな、と自由は小学生のようなことを考えていた。  スクランブルエッグが半熟で美味しくてバクバクと自由は美味そうに口に運んだ。  それと一緒に、温かい朝ご飯なんてここ暫く食べてなかったな、と余計なことも思い出した。 「アンタってさ……、特定の人いないカンジなの?」 「――特定?」  葉山は朝、あまり食欲がないのかコーヒーの合間にサラダだけをちまちまと頬張っていた。 「俺みたいにさ。拾ってはヤッてってかんじなの?」 「なに、気になる?」  葉山は不敵な笑みを浮かべ、食べる手を止めた。 「モテんの?」 「どう思う?」 「フォークで目を刺してやりてぇ」 「なんだよー、乱暴だなあ……。自由くんは? モテるの?」 「バーカ! 金もねー将来もねーバンドマンなんかモテるわけねーだろ!」  あまりにも自信満々に自由が言ってのけるので葉山は腹を抱えて大笑いした。 「でも良い――俺が選んだ道だから」  そう言って最後の一欠片まで自由は出されたものを綺麗に平らげた。  ご馳走様でした。と手を合わせる自由を優しい大人の眼差しで葉山は眺めた。

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