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track.6

 次に葉山が口を開いたのはマンションの玄関を入った時だった。 「明日は何時だ」 「え? なに?」 「仕事だよ」 「じゅ、10時……」  リビングに入ると葉山はジャケットを脱ぎ始め、それをぼーっと傍で自由(みゆ)は立ったまま見つめた。 「風呂入って寝ろ。明日起こしてやるから」 「起こすって……アンタ仕事は?」 「うちはフレックスだから」  自由は一度口を開いて、逡巡し、言葉につまりながら声にする。 「あ……の。し、しねーの……?」  子供が叱られた時みたいに自由は眉を下げて葉山の顔色を伺った。  この男にとって、自分はそれ用の人間だと思ったから――、それ以外はなんの利用価値もないと自由は自分の価値を理解していたつもりだった。  だが葉山は静かにこちらを見ただけで手すら動かさずに「風呂に入って寝ろ」とだけ繰り返した。  いい加減慣れてきた寝心地の良い羽毛布団はふわふわと優しくて暖かかった。借りた葉山のパジャマからは柔軟剤みたいないい香りがした。  横になってもしばらくは目が冴えて今日あった出来事が自分の許容量をゆうに超えていて、整理したくても頭の中は拒否反応を起こしたみたいに今日見たものたちが早送りになるだけだった。  自由は頭の先まで布団を被って目を強く瞑った。 「自由」  葉山の通る声が耳にぱっと入ってきて自由はビクリと驚いたように目を覚ました。  部屋が眩しくて自由は素直に驚いた。 「え……? あ、朝?」 「眠れたか?」  自分を覗き込んでいる葉山は夕べと違ってラフなスウェットシャツで髪もまだ仕事用にセットされていなかった。 「うん……スゲー寝た……」 「なら良かった」と葉山は優しく笑った。  夕食を抜いたことを覚えていたのか、葉山は自由にほとんど牛乳で出来たカフェオレを淹れた。自由が喜んで頬張ったスクランブルエッグはこの間より多く盛られてた。  パンを一口齧りながら自由は経済新聞に目を通している葉山を見た。 「……なんで……?」 「ん?」  自由の質問に葉山は「なにが?」と言わんばかりの顔をした。 「ううん……やっぱ、いい――」  小さく笑って自由は暖かいカフェオレを口に含んだ。少しだけ砂糖が入っていて、自由はその甘さにホッとした。  それと同時に正体不明の抑えていた感情が身体の底から湧き上がってきて、それ以上何か話すと自由は自分が泣いてしまうような気がした――。 「ストップ!」  一人で入ったブースにプロデューサーの声が響き、自由は歌うのを止めた。  メンバーが行う演奏部分のレコーディングは昨日に全て終わっており、今日はボーカルだけのレコーディングとなり、ブースの外で他のメンバーたちは自由が歌うのを言葉通り大人しく眺めていた。 「そういう変な癖とかいらないから」 「……く、癖?」  自由はどのことを指して言われているのか理解できていなかった。ブースの中でオロオロと歌詞カードに鉛筆で注意書きを走らせる。 「仮歌ちゃんと聞いたの? もっと柔らかく歌って。尖ってるのとかいらないから、変な個性いらないから」 ――変? ――癖? ――個性?  自由は頭が言葉の意味に追いつかないまま歌っては何度もダメ出しで止められ、その度に必死に指示を書き込み何時間も同じ曲を歌い続けた。  自由は、こんなに歌うことが辛くて苦しいと思ったのは初めてだった――

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