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track.8

「あっ、んっ……んっ……」  自由はぐにゃぐにゃになった人形みたいに葉山がすることをされるがまま無抵抗で受け入れた。  頭の芯まで溶けそうになる深くて強いキスも今はひどく甘く感じた。  脚を乱暴に目一杯開かされても、自分でも見たことがない場所を葉山に無茶苦茶に弄られて舐められても一切嫌だとも言わずにただ延々と与えられる快楽に嬌声をあげた。  何度も何度もイカされて、その度に頭が真っ白になって何も考えられなくなって、それが今の自由にはたまらなく幸せに感じた。  珍しく身体のあちこちに赤い跡を残されて、散々貪られて重くだるい身体を自由はうつ伏せにし、枕に顔をうずめた。  ベッドサイドで葉山は背中を向け、黙々とタバコを燻らせている。 「……今日……自分の歌、聴いて……笑った。俺じゃないみてーで……。機械みたいな……人工的に作られたなんかみたいだった……」  自由は思い出すかのように話し出し、泣いて腫れた重い瞼をゆっくり閉じた。 「多分……インディーズ時代の客はもう、聴いてくれない……。あれがもし売れたら、次の曲もあんなカンジになって――多分それがフツーになって……。あの歌い方が俺も上手になるんだ……。そしたらもう俺は、前の歌い方を忘れるんだろうな――」  それまで無反応だった葉山は小さく舌打ちし、自由に背中を向けたままで勢いよく立ち上がる。 「あーっ、面倒くせぇ!」  葉山は荒っぽくそう言葉にするとまだ半分も吸っていなかったタバコを灰皿に押し付けた。  初めて聞く苛立ったその大きな声に自由は驚いて目を見開き葉山を見た。 「だから嫌いなんだよ! 音楽屋は! どいつもこいつも感傷的で自己陶酔型で、その上お前はガキだし」  葉山にもとうとう自分を否定されて、自由は心細さから歯向かって声を荒げる。 「〜〜〜なんだよっ! アンタが先に甘やかしたんだろ! 許したんだろ!」 「嗚呼、そうだよ! だから今も付き合ってやってんだろうが!」 「つっ、付き合ってやってるってなんだよ! スッゲー上から!」 「合ってるだろーが! お前は! まだ始まったばかりのガキだろ! なんでいつもそんな諦めて生きてんだよ! 顔だってそのへんのヤツより綺麗に生まれてそれだけで他のヤツよかラッキーなんだよ! 何より……」  葉山はそこで一瞬息を詰め、一つ大きな息を肩でつき、ゆっくりとまた口を動かした。 「なにより――生きてる……」  重く静かにそう告げる葉山に自由は言葉をなくし、丸く大きな茶色い瞳をただ揺らした。 「――生きてる間はまだ戦える……」  葉山は自由の目を見つめ、大きな声ではなかったが、強い意思を秘めた深い声でそう告げた。 「……誰……か、死んだの……?」 「……ああ」 「アンタの……恋人?」 「妹だよ……」 「妹……さん……」  自由はひどくショックを受けた。自分の兄弟が死ぬことなど自由には未経験の事で、それを身近に経験した人間にまだ会ったことがなかったからだ。 「オーディションで受かってプロになった――。シンガーソングライターってやつだ。何曲かデモ曲を書いて、自分が作った歌でデビューもした……。チャートの100位以内には入ったが、すぐには売れなかった。それとは逆に、同時期にデビューした大手事務所の新人が売れた……。それも……妹の書いた曲でな……」 「――盗作?! そんなっ……」 「妹は名もない新人だ。誰がそんな話信じる?――妹は全部に絶望した……。訴えた自分こそ売名行為なんだろうと世間は悪者扱いだ――、けど、本当は誰も信じなかったんじゃない……強い者に従ってただ、信じないフリをしたんだ……」  葉山は自由から視線を外し、どこに視点を合わす訳でもなくぼんやりと儚げに笑った。ひどく悲しい笑顔だった。 「相手側のビルから妹は飛び降りて死んだ……妹の死は新聞の小さな記事になっただけ……。誰もそんな新人アーティストがこの世にいたことなんて覚えてもなければ、最早知りもしない――。俺にしてみりゃまさに無駄死にさ」  自由はその残酷で悲しい言葉に唇を強く結んで勝手に出ようとする涙を必死に堪えた。 「妹は世間知らずのガキだった……。夢ばっか見てるどうしようもない――誰かさんと同じだよ……」  そう告げると葉山はもう一度自由の方を向いた。 「……自由。お前が一番辛いことは――自由に歌えないことじゃないだろう――? 誰も自分の歌を聴いてくれないことのがずっと――辛いことだろう――? 怖いのは――自分の存在を誰も知らないことだろう――?」  自由は噛んで赤色が濃くなった唇を震わせて真っ直ぐと葉山を見た。瞳には我慢できなかった涙が今にも零れそうなほど溢れていた。 「大丈夫――。お前はまだ、戦えるよ――」  ひどく優しい声色で葉山がそう告げるので、自由はとうとう我慢出来なくなり、子供のように声をあげて泣き出した。  恥ずかしくてカッコ悪くて、そんな姿もう何年も誰にも、家族にすらにも見せていなかったのに――今はとてもそれを我慢できなかった。  長く大きな腕が自分の身体を包んで自由は素直にそれにしがみつくように掴まった。頰を押し付けた葉山の胸は温かくてホッと出来た。  うっとりと優しい肌に頰を寄せたせいで、葉山の胸を自分の涙や鼻水で汚してしまいそうになり、慌てて身体を離そうと一瞬動いた自由の頭を後ろから抱えて捕まえ、葉山はポンポンとその背中を優しく叩いた。  自由の涙はそれのせいでさらに堰を切ったように溢れ出し、身体の中の水分が全部に枯れてしまうのではないかと思うほど泣き続けた。

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