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track.9

 葉山はオフィスでコーヒーを淹れに立ち上がり、近くに座るスタッフのデスクに置いてあるものに目がいった。 「美岡(みおか)くん、これなんの雑誌?」 「あ、すんません、出しっ放しで。アニメのです」  葉山は見知った顔が裏表紙に写されたその雑誌を持ち上げマジマジと眺めた。 「このグループの歌、アニメのなの?」 「そうです。新番組の。最近多いんですよ、CDって今売れないからアニメのタイアップとかに売るためか、新人起用するの多いですよ」 「……へぇ……【widersprechen(ヴィーダーシュプレシェン)】……“背く、抗う”……ね……」  その青くて若々しい名前の響きが、感情剥き出しに生きる自由(みゆ)――自由(じゆう)に生きたいと藻搔くあの姿にひどく似合っていると葉山は素直に感じた。  その日、自由は地上波で流れる五分番組の撮影にメンバーで来ていた。バタバタと周りのスタッフが準備に追われるのを四人は緊張しながら固まって隅により、そわそわと眺める。 「なぁ……自由……。俺たちとうとうテレビ出るんだなぁ……」  高校からの同級生でもあるメンバーの(かなめ)にポツリと告げられ自由は「うん……」と気のない声で答えた。  思わず要は自由が緊張で気もそぞろなのかと不安になり顔を見るが、自由は自分たちが立つスタジオセットが出来ていく姿をジッと眺め目を輝かせていた。 「俺たち、頑張ろうな」  自由はみんなにそう強く声を掛け、微笑む。 「うん、頑張ろう」と三人はそれぞれに笑って自由に答えた。  自由はしばらく、ラジオ局やCDストアへ挨拶回りの日々が続き、葉山に会えたのは大泣きしたあの日からすでに1ヶ月経った頃だった。  葉山の部屋に着いた自由はダイニングテーブルの上にあるCDショップの袋を勝手に覗いて声を上げた。 「わ! 俺のCDだ! 買ってくれたの?」  素直に心から喜んでいる跳ねるように明るい声だった。 「うん……、イベント参加券もくれた」 「ありがとう!!」  子供のように目を輝かせた自由がこちらを真っ直ぐ見ていて、葉山は思わず笑い出す。 「なんだよっ!」 「いや。やけに素直だなぁと思ってさ」  自由は膨れた顔をしてキッチンで調理する葉山の肩に自分の肩をぶつけた。「危ないよ」と葉山は優しく諭す。  ご飯が出来上がるのを待つ小さな子供のように自由は葉山の素早く器用に動く手元をジィッと眺めた。 「あ、なぁ。今更なんだけどさぁ、アンタってなんの仕事してんの?」 「……本当に今更だな……」  呆れた顔の葉山が自由を横目で見た。 「なぁ、なんの仕事?」 「そこに一緒に封筒並んであったろ?」  そう言って葉山はCDショップの袋の近くにある封筒を指した。自由は素直にダイニングテーブルに戻る。  そこには大きなサイズの薄黄緑で出来た綺麗な封筒が置いてあった。 「……“葉山一級建築士事務所”……? 建築士?! 葉山?! えっ、なに?! 代表??」  わあわあと動揺しながら一気に自由は捲し立てた。 「えっ、マジで? まさかこのマンションも設計したとか言わないよな?!」 「じゃあ、言わない」と葉山は含み笑いをした。 「だって、アンタ幾つだよっ!」 「秘密」 「アホかっ! こんなもんネットで調べりゃ一発でバレんだからなっ!」  自由はスマホを取り出しさくさくと検索し出す。 「あ! あった。葉山一級建築士事務所……代表取締役、葉山誠一郎……198……」 「自由」 「なんだよ、今調べて……」 「1部屋……防音室にしてもいいけど……。住む?」  葉山は自由に何度も見せて来た余裕のあるあのいやらしい笑顔でそう告げた。 「〜〜〜〜ハァ?! 誰がっ!!」  そう声を荒げた自由はすでに耳まで赤くなっていた。

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