都内の宣伝ライヴ活動は11店舗、全行程を終了した。 　ウィークリーチャート10位という結果にバンドメンバー全員で大興奮しては大いに吼えた。 　タイアップしているアニメが好きだから買っただけでもなんでもいい、聴いてくれるのならなんだって、誰だって大歓迎。 　聴いてくれる人が誰一人いなければ歌手なんて、この世にいないも同じなのだから──。 　それだけが自由には恐ろしいのだ──。 　人生初の怒涛のスケジュールに一区切りがつき、メンバーだけでお疲れ会をしたものの、自由の緊張の糸はそこで限界に達したらしく、とうとう粉々に千切れ、生ビール中ジョッキ二杯の途中からすでに意識は夢の中だった。 「自由〜、起きろー」 「終電無くなるぞー」 　メンバーの呼び掛けにも全くもって反応がない。赤ん坊のように顔を赤くしてスヤスヤと安らかに眠っている。 「コイツ。家どこだっけ？」 「なんか引っ越したとか聞いたけど……」 「自由！　お前家どこ？」 　埒が明かずに要(かなめ)は自由の肩をわざと荒っぽく揺らして起こそうと奮闘する。 　さすがに熟睡してはいられなったようでモソモソと自由は寝返りを打ちながら「……葉山……」とだけ笑って答えた。 「……はやま？」 「……別荘地の？」 「それはない」 「あ、ルームシェアしてるとか？」 「こいつにそんなツレいたか？」 「電話！　電話して聞こう！　正しくはこいつに電話させよう！」 　テーブルに投げた携帯がバイブ音と共に無機質な音を立てて動いているのがわかった。 　思ったより大きな振動に感じて、葉山は眠りにつく直前だったので一瞬なんの音だかわからなかった。 　ベッドから手だけを伸ばして画面を覗く。 　覗かなくてもわかっているのだ、こんな非常識な時間に非常識に電話してくるやつは1人しかいない──。 　 「──もしもし？」 　葉山は少し乱暴に告げる。 「も〜しもぉ〜し、葉山ぁ〜？　ここドコォ？」 「……………………」 　酔っ払い相手に芽生えた殺意は車のドアを閉めると同時に封印した。 「え──と、葉山……さん？」 　要が酔い潰れた自由をおんぶした状態で問う。 「こんばんは」と葉山は咥えタバコで車の横に立って小さく会釈した。 　メンバーは想像もしていなかった姿の自由の同居人に内心大混乱で絶叫したい気持ちを必死に隠して死体になった自由を明け渡した。 　葉山は軽々と意識のない自由を後部座席に寝かせた。その一部始終をなぜかメンバーは固唾を飲んで見守ってしまう。 「送るけど？　家、どのあたり？」 「あ、いえ、俺らは大丈夫です！」 　コーヘイはそう答えながらも、葉山の乗って来た車を少し惜しそうに眺めた。それが庶民には買えない車なのは一目でわかるからだ。 　運転席のドアに回った葉山に要は思わず声を掛けた。 「あのっ、葉山さんって──」 「ハイ」 「…………いえ、やっぱ何でもないっス。おやすみなさい！」 「おやすみなさい」と葉山は余所行きの笑顔で優しく返した。 　静かにドアが閉まって車も静かに発進して、その姿はすぐに遠くに消えた。 　残されたメンバーは全員同じように見事に口をポカンと開けたままぼんやりとしていた。そして要が一言── 「…………大人だったな……」とだけ声にした。 　マンションの駐車場に着いても当然のように自由は起きることはなかった。自由のカバンを背中に掛けて葉山は自由の前から腕を回す。 「自由、腕回して」 「ん〜〜〜〜……」と自由は子供のようにややむずかって、それでも素直に目を閉じたまま葉山の首に腕を回した。小さい子供でも抱くように葉山は自由を前から抱えてエレベーターのボタンを押した。 　自由をベッドに降ろして着ている服を脱がし始める。 　まるで、介護だな──と葉山は苦笑いした。 「明日仕事は？」 「……やすみ……」 「そうか、久しぶりだな」 「葉山ぁ……」 「ん？」 「今日……嬉しかった……」 「そうか」 「幸せ……続くと良いな……」 　自由は寝惚けたままで茶色い瞳を薄っすら開き、穏やかに幸せそうに微笑んだ。 「……うん。──おやすみ」 「おやすみぃ……」 　葉山は子供のように無垢な笑顔で眠る恋人の額に優しくキスを落とす。 　なんだか少し離れがたくて、そんな自分に呆れて葉山は小さく笑った。