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track.13
「頭イテェ!! なんでぇ〜〜?!」
「うるせーのが起きた……」
リビングでタバコを吸いながら葉山は朝から声のデカい同居人兼恋人を一瞥する。
「葉山ぁ、俺どーやって帰って来たぁ?」
「電話でお前が呼んだ」
「ウッソ! マジで?! 俺器用!」
「そうかよ……」
葉山は面倒そうに答えると新聞に視線を戻した。
冷蔵庫をノソノソと開けて自由はミネラルウォーターを取り出し、勢いよく飲みながら葉山の隣に立つ。
「でも、ありがと! あっ、でね! 俺昨日ね!」
「それも聞いた」
「いいだろ! 良い話は何回でも聞けよ!!」
「お年寄りか! お前はっ!」
「最後のとこね! 吹き抜けのモールでぇ、いっぱい来てくれたんだあ! CD買ってくれた人は前にいてぇ〜、通りすがりの人たちも一緒に聴いてくれてぇ〜。握手したらめっちゃ喜んでくれてぇ〜」
さっきまでは頭が痛いと眉間に皺を寄せていたくせに、今は葉山が相槌を打とうが打つまいが、自由は昨日起こった夢物語を小さな子供のように目を輝かせてオーバーなジェスチャー付きで止めどなく話す。
「頑張ろうって──すごく思えたんだ……」
自由にはまだ目の前の観客たちが鮮明に見えていたのか、少し遠くを眺めゆっくりと強い声でそう告げた。
「そか」と葉山は小さく笑ってタバコの灰をトントンと灰皿に落とす。
「俺、葉山にちゃんと叱って貰って良かった」
思いがけない最後の言葉に葉山はただ目を丸くした。
自由は少し照れたように白い頬をピンク色に染めて満面の笑みで至極幸せそうに葉山をジッと見つめていた。
葉山は指から落としかけたタバコを灰皿に押し潰して立ち上がり、自由の身体を引き寄せた。
「葉山っ、待って、俺歯磨きしてな……」
恋する乙女みたいな心配をする自由など御構い無しに葉山は有無を言わせず口付けた。
「ん……」と自由から吐息混じりの可愛らしい声が出て、葉山は妙にもどかしい苛立ちに襲われた。
自分はこのどうしようもないガキ相手に簡単に一喜一憂させられる──情けない反面、もう好きにしてくれとも思うのだ──。
観念した細い両腕が葉山の肩に回される。
「葉山……」
「ん?」
「……アンタのこと、好きだよ──」
「──そりゃ、良かった。両想いで──」
恥ずかしさを隠せない自由は、抱き締めてくれた腕の中に赤い顔をうずめた。
「葉山……あの……、これも今更なんだけどさ……」
「ん?」
「俺とアンタって──なんで出会ったの?」
自由は気持ち良さげな猫のように、葉山の胸に頬を押し付けている。
「落ちてたから……拾った」
「へっ?」
「公園の隅っこで……歌ってる路上ミュージシャン見ながら一人酒で号泣してた」
「ウソッ、覚えてないっ」
自由は一気に耳朶まで真っ赤に茹で上がる。
「一緒に呑むかって聞いたら──うん、って……ぐしゃぐしゃの顔で迷子のチビみたいに頷いて……」
葉山はその時のことを思い出しているのか懐かしげに笑う。
「……ほっといたら……死んじゃうって……思った──?」
「思ったよ……。けど、愚痴り出したから大丈夫だなって途中から思った」
自由は葉山を下から覗くように見上げていた顔を恥ずかしそうにまた伏せた。
「──でも、もう少し見ていたいって思ったんだ……」
そう溜め息混じりに告げる葉山に自由は強く抱きしめられる。
「ア、アンタさ──あんな真似して俺にもう恋人いたらどうするつもりだったの?」
「いや、いないのはわかってた」
「ハァ?!」
決して間違ってはいないのに、なぜか他人に言われると腹が立つ。
「酔ってる間全くそのテの話が出なかったから。それに──いても、別にいいよ。アレは俺の自己満足だったし……」
葉山の優しい瞳が真下にいる自由を覗く。
「責任取れって言われたら逆にラッキーだったし?」
「高額な金銭の要求だったらどーすんだよ」
「お前何様だよ」
突然、自由は葉山の服を掴んでギュウギュウと駄々っ子のように揺らした。
「葉山ぁっ、五分待ってぇ! 俺したくなっちゃった!」
「便所?」
「バカッ!!」
自信なさげに瞳を潤ませ、自由は葉山を伺う。
「……アンタ……は、いや……?」
「──録画しようかな」と、葉山はニタリといやらしい笑みを浮かべた。
「バカッ!!」
幸せなことばかりじゃない──
幸せじゃないから出会った──
葉山は妹さんのことがあったから俺に声を掛けた──
俺は上手くいかなかったから葉山に出会えた──
それからもたくさん泣きそうになって、たくさんしんどくて──
だけど、葉山はそばにいてくれた──。
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