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track.16

「葉山ぁ……喉乾いたぁ〜」  ベッドの中で動けずに自由は悲壮な声を上げる。  戻ってきた葉山の持っているマグカップを受け取りながらずるずると重い身体を起こす。ぼんやり寝惚けていたら恋人が背中に枕を凭れられるように二つ挟んでくれた。 「ハァー……、おいしぃ……。これ、ゆず茶、買ってくれたんだ?」 「しっかり飲めよ、それお前しか飲まないんだから」  そう言って隣に腰掛けた葉山の手にはいつものブラックコーヒーが湯気を上げている。 「アンタはちょっとカフェイン取り過ぎだよ、タバコも辞めなよ身体に悪い。何より俺の喉によろしくないでしょ」 「まぁ〜歌手ぶっちゃってー」 「ぶってねぇわ! 本物の歌手だわっ……駆け出しだけど……」  久しぶりの一日休みだと言うのに自由は結局あれから昼過ぎまで寝てしまって悔しい半分、幸せ半分と複雑な心境だった。  葉山と抱き合うのはひどく久しぶりで、葉山が自分で夢中になったり、気持ち良くしているのを見ると普段は自覚のない独占欲がどこからか突然沸いてきて、自分を欲しがる男の姿が快感をいつも強くした。  それら全ても男の書いた筋書き通りな気がして腹が立つこともあるのだが──。  自由がぼんやりと思い耽りながら葉山の肩に頭を乗せていると珍しくインターフォンが鳴った。 「誰か来る予定だった?」  宅配くらいしか来訪者を見たことがなかった自由は不思議そうに尋ねると、葉山は少し曇った顔をした。 「──いや。……寝室には入れないから、寝てな」  ポンと自由の頭を軽く叩いて葉山はドアを閉めた。 「……空気読めよな」と、自由は来訪者にケチをつける。  もう一度マグカップに口を付けようとした瞬間ドタバタと争うような音が聞こえ、驚いた自由がドアに顔を向けると同時にそれは開かれた。  突然のことに自由はすっかり言葉を失くし、大きく口を開いたままで乱入して来た相手を見た。 ──それは長い黒髪が綺麗な若い女性だった。 「おい、椿(つばき)」  後ろから追うように戻って来た葉山は彼女をそう呼んだ。  彼女は葉山の言葉になど一切耳を貸さず、目の前に上半身裸でベッドに座る自分よりも明らかに年下であろう自由を嫌悪感しかない目で睨んだ。 「アンタいくつ?」  ぶっきらぼうに彼女は自由に突然問う。 「へっ、あ……ハタチ……です」 「ハタチ?! まだガキじゃない!」 「えっ、なになに? 葉山っ、この人誰?!」  彼女が修羅のごとく声を荒げたせいで自由はさらにパニックを起こす。 「あたしは妹よ!! この男のね!!」 「いっ……妹? えっ、だって亡くなって……」  自由がそう漏らすと彼女は怒りの目から途端、失望の目に色を変えた。 「──この子供に話したの?!」  彼女はゆっくりと葉山を振り返る。  自由は彼女が何を言っているのか全く理解出来ず、ただただ狼狽えるしか出来なかったが、唯一葉山だけはいつもと変わらず冷静なままだ。 「──話したよ。お前に許可なんて要らないだろ」 「こんな奴他人じゃない! どうせ綺麗事だけ話したんでしょ?! なんでそうやってあたしたちを裏切ってばっかなの?!」  葉山は眉ひとつ動かさずヒステリックな大声で自分を責めたてる彼女をただ静かに眺めたままだ。 「裏切り者! そんなに家族のこと苦しめて何が楽しいの?!」  彼女は怒りからなのか、悲しみからなのか、その赤く興奮した頬には涙が一筋流れた。 「……じゃあ、正式に他人になろう──」 「え──……」 「父さんと母さんにもそう伝えておいて──」  なんでもないことのように話す葉山に彼女も自由も驚愕し、大きく目を見開いた。  どうしてそんな重く悲しい言葉をなんでもない言葉の一つみたいに葉山は告げてしまうのか、自由はただショックを受ける。 「葉山……?」 「さよなら。椿──」  葉山は最初から最後までずっと温度のない声で静かに話し、妹だという彼女に突き放すような目で別れを告げた。  言葉を完全に失った彼女はまるで逃げるように葉山の前から姿を消した。彼女の残した後ろ姿にあるのはただ、ただ怒りだった──。

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