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track.18

「本当にあの頃は貧乏でした!」  要がラジオのマイクに向かってケタケタと笑う。DJは「ソレ言っちゃっていいの?」と苦笑いだ。 「今もそんなアレですけど、当時ご飯に塩とかザラでー、今は納豆くらいはつくよね?」 「つくつく」 「お味噌汁もつく」  メンバーたちはその当時を思い出しながら辛かったであろう苦労話を笑い話に変えて番組を盛り上げる。 「新曲がデイリーチャート3位なんですよね、おめでとうございます」 「ありがとうございます」と全員が頭を下げる。 「デビュー曲は106位でした、確か」  自由はそう笑って話し、マイクの向こう側へ想いを馳せる。 「今は皆の前で歌えて幸せです。本当にありがとうございます」  それに続くようにメンバー全員が感謝の言葉を送り、向こう側に見えるわけでもないのに全員とも頭を下げた。 「お疲れ様でした、ありがとうございました」 「また今後ともよろしくお願いします、失礼します」  たくさんのスタッフたちそれぞれに頭を下げながらwidersprechen(ヴィーダーシュプレシェン)のメンバーは収録現場を後にした。  その謙虚な姿はこの業界に広く知れ渡っており、バント名を変えた方が良いんじゃないかと会う人何人にも言われ続けてきた。  ラジオ局の外に出ると、生放送でもないのにどこで聞きつけたのかファンたちが何十人も待っていたが、混雑になるのでメンバーは手を振って挨拶しただけで地下駐車場へと抜けていく。  マネージャーの牧がスタッフに声をかけ、ファンのプレゼントを回収してまわった。  要は答えはわかっているものの、念のため社交辞令に自由に声を掛ける。 「──自由、帰りは?」 「あ、お迎えー」 ──ですよね。と三人の生暖かい笑顔が物語る。 「じゃ、おつかれー」 「おつかれー、また明日ねー」  自由はマネージャーから受け取ったプレゼントを両手に提げながらメンバーに手を振った。  一人駐車場裏口から出た自由を一台の車が待っていて、両手の塞がった自由に気付いて中からドアを開けてくれた。 「お待たせしましたー」 「お疲れ様」と、運転席の葉山が淡白に答える。 「なんかマネージャーみたい」  笑いながらドアを閉めた自由の前に葉山は手を伸ばして「歩いて帰れ」と再びドアを開けるジェスチャーをする。 「ウソウソ! 嬉しいってば、ありがとう」  そのまま傍にきた葉山の頬に軽くキスをする。 「お前っ、写真撮られても知らないぞっ」  大人げなく葉山は慌てふためき運転席へ飛び退いた。 「もう、一回撮られたじゃーん」 「じゃーん……て……」と葉山はハンドルに手をかけ、頭を項垂れる。 「なんかねー、ファンの子はそっちのが良いんだってー、他の女のモノにはなんないからって」 「……複雑だな……色々と……」 「そーお? 俺はね楽になったよ。単細胞の俺に隠し事は無理」  荷物を後部座席に移す自由を葉山はジッと眺めた。それに気付いた自由は戻って不思議そうに葉山を見る。 「ん? なに?」 「10秒、動くな」 「へっ」と口もへの字になったまま自由は葉山に言われるまましばらく固まって待つ。  何も言葉を発さない葉山が真顔でジッとこちらを見ているが、目的が掴めなくて自由はどうしてもしかめ面になる。 「──よし。行くか」 「えっ、なに、今のなんだったの?」 「いや、久しぶりだから。ちゃんと顔が見たかった」  葉山はシレッと真顔でそう告げ、何事もなかったようにエンジンを掛ける。 「お〜〜ま〜〜え〜〜は〜〜!!」  ズルイズルイズルイと自由は腹のなかで500回は繰り返した──いくらいの気分だった。  葉山の飴と鞭は落差があまりにも激しすぎて自由は心臓がいつも磨耗してしまいそうになる。 「もーっ! 可愛い! くそぉっ!」 「気持ちの悪いことを言うな」と葉山は真剣に嫌そうな顔をした。   「ねーねー! 半休だよ! どこ行くどこ行く?」 「──人の多い所以外な」 「つまんねー」 「つまんないってお前ね……」  誰のために言ってると思っているんだと葉山は呆れながら横目で一瞥すると恨めしそうな自由と目があった。 「ほーんと、なんで俺たち付き合ってるんだろうね」 「それはお前、身体の──」 「親父ギャグマジいりませ〜ん。あっ、俺買い物したい! 二時間買い物して、あとは家でまったりのんびりコースに決定〜」 「ハイハイ」と、ややそのテンションに乗り切れないまま葉山はウインカーを出した。

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