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track.19
「買い物って下着か!」
衣料量販店の中で葉山はガクリと肩を落とした。
ポイポイとカゴの中に二点よりどりのブリーフを自由が投げて行く。
「買う暇なかったんだよー、パンツがもうヨレヨレでさぁ……」
ファンが泣くぞ、と葉山は目で訴えた。
「──言ってくれたらそれくらい買っとくのに」
「わあっ、それ奥さんみたいじゃん! あ、でも葉山が言うとなんかエロいよね」
「なんでだよ」
「だって俺に履いて欲しいパンツを買うんでしょ〜?」
怪しい笑顔を浮かべた口元をブリーフで隠して自由は意味深に葉山を見上げた。
「──白いコットン100%のブリーフ10枚くらい買っといてやろうか? 油性ペンで大きく名前も書いてやるから」
「罰ゲームかよ!」
結局自由の買い物は日用品ばかりでデートらしい空気は一切含んでいないものだった。
近くのカフェテラスで一旦腰を落ち着け、自由曰く、やたらとカタカナの長い名前の甘ったるい飲み物を幸せそうに飲んでいる。
「は〜〜、ホッとするー」
「ずっと忙しかったもんな」
「新曲出た時はねー、ありがたいことだよ」
こちらを見た自由は何かに気付いたのか、ふっと微笑んだ。
「ん?」
「──禁煙。失敗したんだ?」
「あっ……」
葉山は無意識に火を点けていたタバコを持つ手をビクリと動かし慌てて灰皿にそれを押し付ける。
「──なんか……な。一人だと──することなさ過ぎてな……」
バツが悪そうに葉山は呟き、片肘をついて視線を外へやる。
「可愛いな! ハグするぞ! このやろー!!」
「しなくていい! 絶対にするなよ!」
鼻息の荒い恋人を馬にやるみたいに「どうどう」と、葉山は必死になだめる。
自由はカップに残ったものを一気に飲み干し、いきなり立ち上がった。
「よし! 家に帰ろ!」
「え……? 買い物は?」
「いいから! 早く!」
葉山は自由に腕を引かれおとなしく従った。
玄関を閉めるなり、自由は葉山に抱きつきキスをして来た。
葉山は驚くものの、自由の体温やその腕の中にある感触があまりにも久しぶりで妙に感動してしまった。
「葉山、ぎゅーってしてよ」
珍しく自由が自分から甘えてくる。言う通りにしてやると「へへ、幸せ」と笑って甘くため息をついた。
歩いて進もうにも自由が葉山にやたらとくっつきたがってキスばかりねだるので、痺れを切らした葉山が自由を持ち上げて寝室まで運ぶ。その間自由はずっと子供のようにはしゃいで笑っていた。
最近はずっと生活時間が違ったため、自由は自室のベッドで寝起していたので、葉山の──、本来は二人のベッドに背中を落とすのが久しぶり過ぎて、思わず溢れる幸福感を噛み締めた。
自由は自分から進んで着ているもの脱ぐと葉山のシャツに手を伸ばした。早くその素肌を触りたくて掌で何度も胸や背中を撫でた。股関節に何かに無機質な物が当たって自由は葉山のズボンの前ポケットに手を伸ばした。
「何か入れたまま?」
「──お土産、渡すの忘れてた」
「え、お土産? なになに〜高い物?」
「お前ねぇ……」
いっしっしとムードのない笑い方で自由は葉山のポケットをまさぐった。
「箱だっ、時計? あ! 高級時計〜?」
ヘラヘラと笑いながらそれを取り出し自分の目の前に持ってきた瞬間自由は固まった。
そして何を思ったか、もう一度箱をポケットに戻す。
「なんでまたしまった?」
「いやっ、思わず、えっ? ええっ?」
自由は激しく動揺しており、顔は赤く、箱を触った右手を強く握りしめ、それを左手で包んだ。
それでもまだ落ち着かないらしく、左指が何度も開いたり閉じたりを繰り返している。
箱は時計にしては小さくて、映画やドラマなんかで自由がよく見たことのある物だった。
葉山はもう一度自分でポケットからその箱を出し、自由に見えるように開けて広げる。
「──着けなくていいよ」
開かれた綺麗な小箱には銀色に輝く細い指輪が二つ並んでいて、彫刻したような細やかな模様が全体的に施されているものだった。
「友達のデザイナーに頼んだんだ。明鏡止水って言って、なんのわだかまりもない、澄みきった静かな心っていう意味のデザイン。俺がお前に出会って得れた心だよ──」
大切に、愛しそうに、葉山は告げた。
「……あ、愛の言葉みたい……」
「愛の言葉だけど?」
葉山は惚けながらもどこか緊張している自由にくすりと笑って鼻の先を指でちょんと触り、指輪から視線を自分に向かせた。
「──篠崎自由さん。俺の家族になってくれませんか?」
葉山は静かに穏やかな笑みを浮かべながら自由に箱に入った指輪を差し出した。
「…………」
自由は何も言わず赤い目をして震えたまま葉山を見ることしか出来なかった。声を出すと湧き上がってくる感情に負けて泣いてしまいそうで、ただ頷くことしか出来ない。
自由の震える細い左指に銀色の指輪がはめられる。
ジッとその指輪を自由は眺め、大きく深呼吸して葉山の身体を引き寄せ、ぎゅっと葉山の大きな肩を抱きしめる。
自由は溢れそうになる涙を誤魔化すみたいに天井を仰いだけれど、視界はひどく滲んでよく見えなかった。
「こちらこそ……末長く……よろしくね──」
たった一年前のことなのに二人が出会ったのをすごくすごく昔のことみたいに自由は思えた。
あんなに毎日が苦しかったのに──今はこんなに幸せなんだと実感できることだらけで──。
「自由、俺に言ってくれたこと、覚えてる──?」
「葉山の子供になる話? 当たり前じゃん、俺から約束したんだから」
ぐすぐすと鼻を啜りながら自由は葉山を見た。葉山は優しくその頬に落ちる涙を拭ってやる。
「そっか、じゃあ"葉山"っての辞めなきゃな。子供になったらお前も"葉山"なんだから」
「あ……」
自由は眉間に皺を寄せて視線を落とし少し考え、覚悟したように再び葉山に向き合う。
「せ……誠一郎……」
「よく出来ました」
軽くご褒美のキスをされて自由はくすぐったそうに照れ笑いする。
「俺、新婚旅行はハワイが良いな」
「ベタだな」
「ダメなの?」
「ダメじゃないよ。お前が行きたいところならどこでも連れて行くよ」
「あんま甘やかすな! ますます俺、ダメになる」
耳まで真っ赤に染めた自由は、ガバリと正面から勢いよく葉山に抱きついた。
「……いいよ、ダメになって。俺がいないとダメになってよ」
「それは誠一郎だろっ、アンタは俺がいないとダメだもんねー」
「……うん」
「ばか。……ねぇ、誠一郎」
「うん?」
「──あの時、俺を見つけてくれてありがとう」
葉山は自由の身体を優しく包み込んで噛み締めると、幸せそうに瞳を閉じ「こちらこそ……ありがとう」と囁いた──。
【END】
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