20 / 28

bonus track.1

「葉山さん、確認お願いします」  美岡はまとめた書類を葉山に渡した時、左手に見慣れないものが付いていることに気がついた。 「ありがとう」と、葉山は書類を受け取るものの美岡は全く手を離そうとしない。おかげで紙から嫌な音がした。 「美岡くん、破れるっ破れる!」 「わーー!! なんスかコレェ!!!!」  ものすごい近距離で叫ばれ、葉山は反射的に目を瞑ってしまう。さらに左薬指を思い切り引っ張られ、思わず椅子から腰も浮いた。 「なになになにっ、指が千切れるっ痛いよっ」 「矢野さんっ、桜井さんっ、見てっ! 所長がぁ!!」  相変わらず掴んだ指はそのままに、美岡は他のデスクにいる同僚女性を呼んだ。二人は大声に反応して美岡を見るものの、その顔はすでにシラケていて、猿のように騒ぐ美岡を呆れた表情で眺めた。 「──いや、その話題、1時間前に終わったから」 「遅いよ、アンタ」 「えーーー! 俺まだ出勤してなかったですよー!!」  同僚女性から冷たくあしらわれても、美岡は未だ一人テンションが高いままだ。 「それでこの間のハワイ土産?! 俺もハワイ行きたかったあー!! 相手ってどんな美人さんなんです? 所長を落とすって相当ランク高い人っスよねぇ!」 「すごい偏見だな……」 「絶対そうですって! 美人系?! 可愛い系?!」 「──可愛い系」 ──そこは言うんだ。と同僚女性たちは生ぬるい目線を葉山にやる。 「でもちょっと、ウルセーよ」  そう言いながらもパートーナーを思い出したのか、葉山は穏やかに微笑んだ。  自由は来月から始まるツアーのリハーサルに毎日追われながらも、精神的にはまだ余裕があるのか、常に楽しげ歌っているのが他のメンバーにも伝わっていた。 「順調ですか、新婚さん」  要が休憩時間に冷やかし半分で自由の隣に腰かける。  公の場では付けていない自由の指輪が今日は着いていて、つい先日までハワイにいたせいか、白い首筋は未だ赤く熱を持っている。 「どれのこと? 今日のリハーサルのこと? 新婚生活のこと?」 「──いや、お前の私生活までは知らんし」 「またまたぁ〜」  ニタニタ笑いながら自由は要の肩を肘でつつく。 「あ?」と要は至極面倒そうな顔だ。 「──ありがとう、要」  自由の突然の言葉に要はパッと目を丸くした。目が合った自由は、穏やかな笑みを浮かべていた。 「気にしないフリしてくれて」 「……いや、マジで興味ねぇから」  視線を逸らし、ボリボリと無造作に要は頭を掻いた。 「うん……」  他のメンバーが自由の私生活に興味を示していない筈がなかった──。  人気商売の世の中で、ボーカルが同性のパートナーと苦楽を共にしている事が噂でなく本当に世に広まってしまった時、バンドはどうなってしまうのか、マイナスに思わないメンバーはいないだろう。  それは自由ですら危惧していることなのだから──。  バンドは大事だ。命だと思う。歌う場所を失ったら自由は今度こそ生きていられるかわからないとすら思う──。  だけど葉山のことも今は同じくらい大事になってしまった……。  一緒に生きようと決めたあの日から、あの男をもう一人には出来ないと思った──。  ずっとあの男は妹の死から逃れられず……自らの命すら断とうと思った日が何度存在したことか──。  妹が死んだその時、葉山はまわりの人間にどれだけ責められ、傷付けられただろうか──それを考えるだけで自由の心は切り裂かれるように痛んだ──。  だから、もし、これから葉山が何かに傷付いて涙する時には必ず傍にいてやりたいと強く思うのだ──。 「まあ、でもよ。お前ンとこの親、よく許したよね。おじさんとかチョー怖いじゃん? バンドの時だって反対しまくってたのに」 「うーん、お母さんがさー、こればっかりは仕方ないじゃないって。反対したから辞めるとか別れるとか俺がそんな性格じゃないからって」 「──おじさんは、おばさんに諭されたのか……」 「うん。二人で心中されるよりはマシだと思うって」 「……極論……」  要は引き攣るように口の端を上げる。 「今は"便利なDIYの人"と思って使われてるよ。ここに収納棚が欲しいとか、ここに手すりをつけたいとか、全部あの人たち誠一郎に言うの。誠一郎は仕事で忙しいんだって言ってんのにさぁ──って、なに笑ってんだよ、要!」 「いやいや、すっかり家族だなと思ってさ」 「──家族……?」  自由は思いもよらなかった親友の言葉に大きな瞳を何度も瞬かさせた。 「そう、お前の両親と葉山さん。完全に家族だよ、ソレ」 「……そか、じゃあ良かった」 「なにそれ」 「ううん。俺、あの人に家族をあげたかったから……」  自由はうっとりとした表情で大きな瞳を少し潤ませながら遠くを眺め微笑んだ。 ──全てが解決したわけじゃない……。  自由は幸せに目が眩むことなく思考する。  椿さんとの氷は未だ溶ける気配もないまま、 葉山は本当に両親と分籍してしまった──。  それに対して自分は何も言ってあげれなかった……。 ──俺に出来るのは、ただ傍にいて、葉山の家族でいてあげることだけだ──。

ともだちにシェアしよう!