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bonus track.2

「お疲れ様、お先です。皆もキリ良いとこで帰ってね」  葉山はコートを羽織り早々に事務所を後にした。 「──所長、なんか変わったなぁ……」と美岡は閉まったドアに向かい思わずボヤく。 「そりゃあ──ねえ?」 「ねぇ?」  矢野と桜井は示し合わせるようにお互いに怪しい笑顔で目配せして首を傾げた。 「なっ、なんすかっ、また俺だけハブるんですかっ!」 「いや、そのうち分かるから、焦らない焦らない」 「うううー! 余計に気になるぅー!!」  美岡が葉山の机にある一回りは下であろうパートナーとの写真に気付くのは、まだ暫く先になりそうだと二人はこっそりと笑った。 「ただいまー!」  玄関で自由は靴を脱ぎながら元気な声で告げる。きちんと片付けないと葉山がうるさいので靴は揃えて脱いだ。  キッチンから「おかえりー」と返事がした。きっと料理中で手が離せないのだろう。 「ただいま」と改めて自由はキッチンにいる葉山に声をかけると同じように葉山も返してくれる。  今日のメインディッシュは自由の大好きな牛肉がたくさん入ったビーフストロガノフだ。鍋の中でグツグツといい音をたてている。  鍋を覗いた自由は上る香りを嗅ぎ、満足そうにニコニコしている。  着替えを済ませた自由は、お手伝いする子供のように皿を手に葉山の横に立ち、よそわれるのをワクワクしながら待っていた。 「今日、自由のお母さんからメール着てた」 「へっ、なんて?」 「土日暇なら模様替え手伝って欲しいって、ホラお姉さんが来月から出産で帰省してくるって言ってたろ?」 「ハァア?! もー、それくらい自分らでやれよなっ、ねーちゃんの旦那さんでも駆り出せばいいのに」 「あそこはまだ上にも赤ちゃんがいるから、借り出したら可哀想だからって」  サラダボールを手にした葉山がビーフストロガノフをよそった皿を運ぶ自由に続いてテーブルに進む。 「はあ? 誠一郎は良いの?  十分可哀想なんですけど!」 「いや、別に俺は良いよ。暇だし」 「違う! 可哀想なのは俺!!」 「──へ?」  葉山が座るための椅子を引いた手が一瞬止まる。 「だって、誠一郎は俺のなの! お母さんばっか独占すんのズルイじゃん!!」  本気で腹を立てた顔で言うからタチが悪いと、葉山は内心呆れる。 「お前がツアーでしばらく家にいなくなるから、気にかけてくれてるんだよ」 「誠一郎のことは俺が気に掛けてるからいーよ!」 「いや、多分、お母さんはただ見極めてるんだと思うよ? この先息子と本当にうまくやっていける男なのかどうかをね」 「ない。絶対、ない! お母さんは誠一郎みたいなのが単に好きなのっ、背が高くて優しくて営業スマイルばっちりのイケメンがっ!」 「ふーん?」 「なんだよっ」 「俺、お前にイケメンなんて言われたことなかったからさ。そうか、そうか、俺はイケメンか」  葉山はニヤニヤと一人で納得しながら自由のサラダを取り分けている。 「違う、訂正、今のナシ! 雰囲気イケメン、イケメン風? イケメンかもぉ? みたいな?」  自由はスプーンをくるくる回しながら下手くそな誤魔化しでかわそうとしている。 「そうか、そうか。ほら、冷めるよ、早く食べよ」 「はーい。いただきまーす!」  相変わらず食べっぷりの良い自由の姿を微笑ましく葉山は見守る。自由は何の計算もなくいつも素直に褒めてくれるので、葉山は毎度作りがいがある。 「──なに? 誠一郎も早く食べなよ、冷めちゃうよ」 「うん。いただきます」 「この味だいすき、おいしい」 「──お前はやっぱり良い子だね」 「何それ……って、いつまで笑ってんだっ」  料理は葉山、後片付けは自由という、いつの間にか出来ていた二人のルールがあり、自由は葉山が大事にしているグラスだけは手洗いで、それ以外は食器洗浄機に掛ける。  自由が鼻歌交じりにテーブルをせっせと拭いている姿をリビングのソファに座りながら葉山は眺めた。 「──俺、やっぱり週末行ってくるよ」 「そんな気遣わないでいいって」 「そうじゃないよ。家に自由がいないの暇だし、寂しいから」 「………………」  自由の手がピタリと止まる。 「──ん?」  ぼんやりと天井に視線を泳がしながら話していた葉山は、自由が動かなくなってこちらをジッと眺めていることに気づいた。しかも、少し怒ったような表情だ。 「また、そんな〜〜っ、何?! 今更だけど誠一郎って本当天然だよね?!」 「いや、お前に言われたくないけど……」 「俺は違いますー! 俺は単に、こう、なんて言うの? ただ魅力的? みたいな? ってソコ、笑うな!!」  葉山はソファのアームレストに頭を乗せて横になり、珍しく大きな声で爆笑していた。 「ははっ……語彙力……っ」 「笑うなって!」  テーブルにふきんを投げつけて自由はドタドタと音を立てながら葉山の傍に行き、仰向けに寝転んでいる葉山の腹の上を跨いでドスンと乗りかかる。 「うっ! お前ッ、強いっ、吐くっ……んん!」  眉をしかめた葉山の口を自由が唇で塞ぐ。  いつも急に自由の甘えモードのスイッチが入るので、葉山はその度に驚いてばかりだ。  さっきまで子供みたいに拗ねて釣りあがっていた眉は今は逆に下がっていて、どこで学習して来たのか大きな茶色の瞳は長い睫毛で影を作り、潤んで揺れている。 「お風呂入ろう、誠一郎」  自由のそれは、悪魔の囁きよりも強力だと葉山は常々思っている──。

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