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愛も変わらず《前編》

 高層フロアにエレベーターは短時間で到着し、立派な玄関扉から顔を覗かせたのは、まだ自分より幼いであろう男のものだった。 「こ、こんにちは……」  思わずどもりながら美岡(みおか)は挨拶した。  こちらを見上げる相手は顔も小さく体の線も細かった。そして何より垢抜けていて、少しつり目気味の丸く大きな瞳は美岡の視線を一瞬で釘付けにした。 「こんにちは。葉山がいつもお世話になってます」 「いえっ、オ……、こちらこそ。お世話になってます、本当に。毎日勉強させて頂いてます」  お互いにどこかぎごちない挨拶を交わして美岡は相手に促され玄関を上がった。  月曜提出分の設計図がまだ、どことなく美岡には不安で、休みの間に前もって葉山に目を通してもらいたいと願い出た。  同僚には葉山宅に休日に訪問するなど、ただの迷惑でしかないと冷ややかな目線を向けられたが、それでも美岡は大人しく月曜まで待つことが出来なかったのだ。 「すみません、わざわざ来て頂いたのに……」  普段から淹れ慣れているのだろう茶を自然に出され、美岡は再び恐縮する。近くに来た横顔も綺麗な輪郭をしていて、ついでに長い睫毛もこっそりと盗み見ておいた。  同性に興味があるわけでもないのに、この美しく若い男が自分の雇い主のパートナーかと思うと美岡は落ち着かずにはいられなかった。 「僕こそ、お休みの日にまでお邪魔して、すみませんでした……」 「大丈夫ですよ、休みなのは葉山だけですから。俺はまた夜仕事です。あ、自己紹介してなかったですよね。俺、葉山自由(はやまみゆ)って言います」  小さな頭をぺこりと下げて自由は再び挨拶してみせた。同じ葉山姓を名乗る彼に美岡は改めて感動した。 「初めまして、美岡橙斗(みおかだいと)です」  葉山は朝から写真家の友人の個展に顔を出し、すぐに帰ってくる予定だったのだが、帰り道で起きた事故の渋滞に巻き込まれ、予定より帰宅が遅れている。さっき渋滞をようやく抜けたとメールが入ったばかりだ。 「自由さんてお幾つなんですか? 所長と一回り違うって伺いましたけど……」 「今年23です。葉山は今年で35だから丁度一回りですね、俺たち同じ干支だし」  自由はひゃははと笑ってみせたが、なんて気の遠い話だと美岡は小さく目眩を起こす。 「あのぉ~所長とはどこで……その……」 「出会いですか? 公園です」 「公園??」  思いもよらぬその答えに美岡の頭の中はクエッションマークで溢れかえった。まさか若い彼が金にでも困って売春行為を行い、葉山がその体を……と美岡は数秒の間に邪推する。  美岡の大妄想を遮るように玄関のドアが開く音がした。 「あっ、帰って来た」パッと明るい笑顔になって自由は立ち上がる。 「遅いっ、もう待ってくれてるよ!」  玄関まで自由は葉山を迎えに出た。靴を脱ぎながらゴメンゴメンと、葉山は答える。  じっと顔を見つめられ葉山はスリッパに履き替えながら「なに?」と自由を伺った。 「誠一郎に会うの三日ぶり、おかえり」 「うん、ただいま。自由もおかえり」 「ただいま」  葉山は自由の手を引いて軽く口付けた。  数メートル先でコッソリそれを盗み見た美岡は、あまりの衝撃に思わず叫びそうになった口を両手で塞ぎ、どうにか未遂に終わらせる。 「ナニジンだよ、あの二人はっ……」  パートナーになってから二年は経つというのに未だにあんな距離でいちゃいちゃしているのかと、美岡はカルチャーショックを受ける。 「恐るべし、年の差婚……」 「ごめんね、美岡くん」 「いえ! 俺こそ休みの日にすみませんっ、しかもプライペートに立ち行って……」 「なに、大袈裟だな」あまりにも改まって話す美岡の姿がおかしくて、葉山は微笑する。  美岡はいつの間にか姿を消した自由に気付いた。さっき葉山にも茶を出したかと思ったのに、その姿はすぐそばのリビングにもなかった。  その視線に気付いたのか葉山は「仕事の時はそばに来ないんだ」と美岡の探す相手について話すと、すぐに図面に目を落とした。  思ってたよりも添削は少なかったものの、それでもまだ改善の余地があったようで、美岡は必死に葉山のアドバイスを聞き、事細かくノートへ書き綴った。 「ありがとうございます。持ち帰ってまた書き直します」 「あんまり無理しないでね、リテイクなら事務所でやればいいから」  美岡の肩に入りすぎた力を抜くように、葉山は優しい声色で諭した。 「所長って、なんか不思議な人ですよね」 「なに、急に。disり?」 「違います違います!!」  美岡は自身の顔と両手を振って、必死に否定する。 「俺、所長に会う前から所長の名前も活躍も、もちろん知ってて、あんまり求人出さないって言うのも聞いてたんで、アシスタント探されてるって知った時、もう絶対受かりたいって思いました。面接の前の日とかもう全然眠れなくて、当日も何回もトイレ行きました」 「アッハハ、本当緊張してたよねー、覚えてるよ」  険しい顔をして当時を思い起こす美岡の表情に、葉山も当時の記憶を呼び戻される。 「俺、別に実力とか無かったし……賞もろくに取ってなかったんで……なんていうか絶対受かりたい反面、ダメ元もあったっていうか……」 「うんうん。全部顔に出てた」  腕組みしながら笑って相槌を打つ葉山に美岡は少し絶望する。 「美岡くんはねー、普通だったから採用したんだよ」 「──普通……?」 「うん。変な色眼鏡もなかったし、自信過剰でもなかったし、なんていうか純粋にこの世界で働きたいって思いが伝わったって言うか……とにかく、いい子だなって思ったんだ」 「イイコ……」 「大事だよ、雇う側はね、最初から面倒臭そうな芸術肌は嫌なんだよ」 「それ、褒めてんスか……単細胞って言ってんスか……」  思わず涙目になり美岡は葉山に訴える。 「褒め言葉だよ。美岡くんの魅力の話なんだから。それに俺がゲイだと知っても辞めなかったしね」 「それは辞める理由になりませんよ! 俺は建築士、葉山誠一郎と働きたかっただけなんですから! いや、そりゃあパートナーになったらスゲェ豪遊生活出来んのかなぁと考えた時期もありましたけど……」 「……あったの」 「でも矢野さんたちに、所長には選ぶ権利があるんだからねって諭されました……」  なぜか落ち込む美岡を見て、葉山は一層大きく笑った。 「意味は違っても、美岡くんは俺のパートナーだよ、矢野さんも桜井さんも。俺の仕事する上で欠くことの出来ない大切な仲間だ。皆がいるから俺はまともに仕事を遂行出来ているんだ」 「葉山所長~~~っ」  感極まった美岡は葉山にガバリとしがみついて、盛大に男泣きした。

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