9 / 138

9 玉響ーたまゆらー

結局、午後の授業には全て出なかった。 放課後。 部活生の掛け声やシューズのキュッという摩擦音。 それを合図に吸い殻を携帯灰皿につめて、体育館裏をはなれる。 春先とはいえ、夕方になるとまだ肌寒い。 身をすくめ、足早に校舎内に入る。 誰もいない廊下は、傾いた陽で橙色に染まっていた。 俺のスリッパの音だけが物悲しく響く。 「お、鳥羽!」 のろのろ顔をあげると、廊下の先に立つ教師が手を振っているのが見えた。 深山誠壱(みやま せいいち)。 化学担当で俺のクラスの担任。 1年のときも担任がコイツだった。 入学時から、原因とともに俺が失声症であることを把握している。 学校側の指示で今年も俺を押し付けられたのだろう。 最初こそ警戒したが、どうやら他人との距離感の掴み方がうまいらしい。 日誌を肩たたき代わりにしながら、深山は俺の数歩手前で足を止める。 「お前、俺の授業サボってから午後のも全部出なかったらしーな。」 各科目の担当教師から随時報告がいくのだろう。 深山はパラパラと日誌をめくる。 「どうしても無理か」 「…………」 「筆談してでもコミュニケーションを取れとはいわん」 「…………」 「2年にもなったことだし、もうちょっと顔を出せんか」 「…………」 これも嫌というほど聞いた台詞だ。 『分かってる。』 俺はスマホを取り出して、メモ機能にそう打ち込む。 そして深山に画面を向ける。 分かってるっつってもお前なぁ、と口を開いた深山の横を通り過ぎる。 後ろで小さいため息が聞こえた。 「……………まぁ、気ぃつけて帰れよ。」 それから、徐々に足音が遠ざかっていった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!