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10 黄昏ーたそがれー

ガラッ 誰もいないことを確認して教室に入る。 なんとなく窓際にある自分の机に腰かけた。 この席からはグラウンドがよく見える。 西日で長く伸びたボールを追いかける人影。 金属バットがボールを打つ高い音。 響くホイッスル。 ぼんやりと、部活動に勤しむ彼らを見下ろした。 (……………帰ろ。) ため息をついて、机にかけていた汚れたスクールバッグを手に取る。 そこに、 「あっれ、鳥羽くん?」 咄嗟に顔をあげてしまった。 昼間に聞いた、 記憶に新しいあの声だったから。 (みなみ……なんとか。) 道着に身を包んだ彼が開けっ放しの後扉から教室に入ってくる。 その首筋から汗が流れ落ちるのをなんとなく目で追う。 「あ、俺、タオル取りに来て……」 いや、聞いてねーけど。 「あのさ、俺、お前と同じここのクラスのみなみきざしっていうんだけど。」 タオルをロッカーから取り出しながら、彼はあの人懐こそうな笑顔を浮かべる。 (みなみ きざし………。) きざしって読むのか、あれ。 「あ!!やっぱ俺のこと知らなかった?!知らなかったよね?!」 御波はタオルからバッと拭いていた顔をあげる。 汗を含んでさらにくるんとなったくせ毛が揺れる。 束になったその髪が額に張り付いている。 「俺、このクラスの委員長で。岩センが鳥羽くん呼んでこいって言ったから、それで、」 ああ、だから屋上に来たのか。 (インチョーってのも大変だな。) 俺はカバンを持ち直して、前扉の方へ足を向ける。 「もう帰るん?」 「………………」 つーか、こいつメンタル強いな。 ここまで無視されてなんで話しかけれる? (あぁ、インチョーさまだからか。) みんなと仲良くってか。 はっと心の中で笑って、扉に手をかける。 「鳥羽くん、じゃあね。また明日。」 ちらっと視線を向けると、また笑って手を振っていた。 御波の後ろから差し込む夕日に目を細める。 (また明日、か。) ふい、と目を逸らして俺はそのまま教室をあとにした。

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