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16 春霞ーはるがすみー

目の前には道着に身を包んだ御波。 すぐ手を離したのは、昨日俺を支えた際に突き飛ばされたからだろう。 まぁ何だっていい。 目も合わさず横を通り過ぎようと思ったら、 「あ!まって。」 という声と共にするりとイヤホンが耳から外される。 「?!」 予想外過ぎて思わず顔をあげてしまった。 タレ目がちな双眸と視線が交わる。 しかも割と至近距離で。 「おはよう、鳥羽くん。」 (………………え。) え、何。 何その嬉しそうな顔。 思わず目を瞬かせて凝視してしまう。 (あ、こいつ。2重の溝にホクロあるんだな。) 笑ってフニャッとなった目元を見ながら そんなことをぼんやり考える。 するとだんだん御波の顔が赤くなってきた。 気まずそうに咳払いをして目を逸らされた。 「え、待って…なんでそんなに見んの?」 はっと我に返って、視線を外す。 なんでこいつ照れてんの。 いや、俺もなんでこいつ見てんの。 どうでもいいじゃんこいつのホクロとか。 (ちょっと珍しかっただけだし。) 半ばもぎり取るようにイヤホンを奪う。 もう早くここから立ち去ろう。 「え、ちょっとまって。」 今度は何。 (無視無視。) そのまま歩き去ろうとしたら、腕を掴まれた。 反射的に睨みつけて振りほどこうとする。 でも、 「ごめん、でも、口から血が…」 御波が自分の口の端をトントンと叩く。 ぱっと口元に手をやる。 そうだった。すっかり忘れてた。 ぶつかった拍子に固まりかけてたかさぶたが剥がれたのだろう。 指先に血がつく。 というか俺、さっきこいつに顔面からぶつかったよな。 目の前の道着に視線を走らせた。 (しまった。) 肩の部分に擦ったような赤黒い染みがついてしまっている。

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