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御波を避け始めて1週間。 落ち着くかと思ったら心の蟠りは増すばかりで。 顔を見ても落ち着かない。 わざと距離を開けようとしても、気づけばあの笑顔を思い出している。 屋上で初めて面と向かって御波を見てから、星屑は消えてくれない。 あの笑顔は純粋に、なんの混じりけもなく俺だけに向けられたものだ。 そう、わかってしまったから。 分かってる。 逃げても仕方ないって。 でも怖い。 また同じような状況に陥るのが。 そう思ってしまうのは仕方ないじゃないか。 喧嘩や煙草に逃げてきた。 人との会話を絶ってきた。 それをやっと終わらせられるかもしれないという期待。 でもそれと同じくらいの、裏切りへの不安。 独りでいることには慣れている。 声が出ないことを知られて、もし襲われても戦える。 でも、あの事が広まるのだけは嫌だ。 やっとここまで逃げてきたのに。 殆どの人が過ごす、きらきらした青春時代を潰してでも守りたい。 それだけなのに。 今の状況が変わる、そのことが怖くて仕方がない。 御波は優しい。 見てればわかる。 人にすごく愛されてきた人間だ。 きっとみんなが御波のことを好きになる。 あの人懐こい笑顔を見たら、みんな幸せな気分になるんだ。 次、もしも次に御波が話しかけてくることがあれば。 打ち明けてしまおう。 失声症であること。 何度話しかけられても会話を交わすことはできないこと。 もう話しかけてくれなくていい。 きらきらはもういらない。 瞼の内側に焼き付いてるから。 安心したい。 御波の下の名前すら知らなかったあの時の自分に戻りたい。 ただそれだけなんだ。 お願いだ、御波。 お前の顔を見ると、声を聞くと苦しい。

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