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21 開闢ーかいびゃくー
「鳥羽くん。」
もう一度名前を呼ばれて、そっと目を開ける。
「……………連絡先、交換しよ。」
……………ん?
なんて??
予想外の言葉に思わずぽかんと口を開けてしまう。
「会話は言葉が全てじゃないでしょ。」
御波が座る俺と視線を合わせるようにしゃがむ。
「会話は文字でもできるでしょ?」
彼が微笑む。
目尻がたれて、あの優しい笑顔になった。
「ね?」と小首を傾げる御波を見つめる。
中学校の始め。
失声症であることを知ったやつの最初の反応は大体同情だった。
『大変だね』
『早く言ってくれればよかったのに』
『かわいそうに』
御波のようなパターンは初めてだ。
気づいたら、俺は頷いていた。
「や~~………ったぁ~~っ」
俺のスマホを握りしめたまま御波がお祈りポーズを取った。
握ったスマホに額をくっつけ、大きく息をつく。
そして、はっとした表情で俺にスマホを差し出した。
「ごめん、ずっと持っとった!」
俺が受け取るのを待ってから、御波もスラックスのポケットから自分のスマホをとりだす。
「LINe、やってる?」
俺は頷いた。
やってるって言っても、登録しているのは3人だけ。
父親と母親、そして深山。
深山とのトークは教科書を読んでもわからなかった点の質問に使う程度だ。
母親からは毎週連絡がくるけど返していない。
「はい!登録完了~、拒否しないでよ!」
しねぇよ。
御波は冗談を言いながらニマニマと画面を眺めている。
そんなに嬉しいかな。
こっちが照れてくるからやめてほしい。
QRコードを読み込むと、画面に御波のアカウントが表示される。
『追加』
その小さなボタンをタップする。
新しい友だち欄に通知が届いた。
設定されてるBGMが俺の好きなバンドだ。
そんな小さなことがなんだか嬉しい。
御波のアイコンをまじまじとみつめる。
そっくりな男女の子供を両腕に抱きしめて笑ってる、今より幼い御波。
『これは誰?』
そんな問いを込めてアイコンを指差す。
「あぁ!妹と弟!かわいいだろ、双子なんだよ。」
そっか。御波はお兄ちゃんなのか。
俺は兄弟がいないから少し羨ましい。
御波が兄弟なら毎日退屈しなさそうだな。
妹は真昼、弟は帆志というらしい。
御波はその双子についていっぱい話してくれた。
俺はただ頷いてるだけだったけど、聞いているのは楽しかった。
双子ならではの『入れ替わり』とか、弟の帆志が最近反抗期だとか、話してる御波も楽しそうだ。
「鳥羽くんは?」
スマホのメモで返答を返す。
『俺はひとりっ子』
「へー!そうなんだ!そんな感じするわ」
『そう?』
「鳥羽くんは寮生だよな、地元どこ?」
スマホを打つ手が止まる。
地元の話はあまりしたくない。
ってことを伝えといたほうがいいのか。
少し迷いながら文字を綴る。
『地元の話、あんま好きじゃねーから、』
「あ、そうなん?ごめんごめん」
画面をのぞき込んだ御波は慌てて顔の前で手を振る。
ぽちぽちとその文を消していく。
ちょっと言い方が素っ気なかったか?
その時、教室の扉があいて深山が顔を出した。
「おーい、もう終わったかー…って一部もできてねーじゃねぇか!」
机の上のプリントを指差して深山がまじかー!と唸る。
話に夢中になって何一つやってなかった。
近づいてくる深山がチラッと俺の手元のスマホを見た。
すると、御波が
「じゃじゃーん、見てよミヤセン!鳥羽くんの連絡先ゲット!」
誇らしげにスマホを掲げる。
まぁ、深山も持ってるけどね
俺の連絡先。
深山がホッとしたような顔をした。
「なんだ、お前ら。仕事ほっぽってお友だちになってたのか?」
ニヤニヤしながら俺を見下ろしてくる。
なんだよ、ムカつく。
わざと2人きりにしたくせに。
御波がこういうやつだからうまく行くと思っていたのか?
「良かったな、鳥羽。お友達第一号だ!」
やめろ。恥ずかしい。
事実だけどわざわざ言う必要なくね?
俺は深山を軽く睨んでそっぽを向いた。
その夜。
寮のベッドに寝転がってぼんやりしていると2つの通知が来た。
1人は深山、もう1人は御波だった。
『御波に声のこと、話したのか。
あいつ俺に「鳥羽くんと仲良くなりたい~」って言ってきたから、うまくいってよかったわ。周りに言いふらすようなやつじゃないから、少しずつでも会話してみな。
おやすみ』
深山がこんなお節介を焼くやつだとは思わなかった。
でも今回は、ありがたいと思う。
俺は『分かった。』とだけ返してトークを閉じた。
御波から、なんて来てるんだろう。
『鳥羽くん、今日はありがとう!俺、ずっと話してみたいって思ってたから嬉しいです。これからよろしくー!』
わーい、と喜ぶパンダのスタンプと共にそんな文が届いていた。
なんて返そう。
『鳥羽でいい。』
これだけじゃ素っ気ないな。
『よろしく』
駄目だ。センスない。
既読がついたからあわててアプリを閉じる。
返信が来てたら明日の朝見よう。
そうしよう。
ゆっくり、ゆっくりでいい。
深山も少しずつでいいって言ってたし。
俺はスマホの電源を切って布団に潜り込んだ。
それから
俺と御波の『会話』が始まった。
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