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30 叢雲ーむらくもー
顔を赤らめながら必死に言葉を紡いでくれるその子は、話したことのない子だった。
2つ隣のクラスの、1組の子。
華奢で小さな体躯ときれいに結われた髪。
上目遣いに見上げるその瞳を縁取るまつげはぱっちり上を向いている。
つややかな唇も俺のためだと今までの経験上わかる。
想ってくれた気持ちはありがたい。
でもなんとなく前向きになれない。
うんうんと相槌を打ちながらも、頭の中は屋上で待っているであろう鳥羽でいっぱいだった。
人が必死に話しているところを別のことを考えるのは失礼なんだろうけど。
「話してくれてありがとう。でもごめんね…」
と続きの言葉を言おうとした瞬間、その子の目に大粒の涙がたまっていく。
顔を小さな手で覆って肩を震わせている。
俺はただ無言で彼女が泣き止むまで見守る。
次、顔を上げたときその子は「どうして無理なの?」「今誰とも付き合ってないなら何で?」と俺を捲し立て始めた。
(ん~…困った…)
こういう時、相手に泣かれるのはどうも苦手。
いや得意ってやつのほうが少ないと思うけど。
こっちが悪いんじゃないかという気持ちに陥りそうになる。
「誰とも付き合ってないけど、それは今は恋愛する気にならないからで…」
「でも、マミがその気にさせてみせるから!ねぇ…っ、おねがい…」
半ば懇願するように彼女は言う。
俺はもう、早く屋上に行きたい。
泣きじゃくるその子の前で途方に暮れる。
なんで、やだを繰り返す彼女はもはや意地になっている気がする。
だから俺は小さくため息をついてきてみた。
「じゃあ、君は俺のどこが好きなの?」
「えっと、顔がかっこいいとこでしょ、背が高いところ、友達が多いところと…」
指を折って挙げていく彼女を見て小さく笑いが漏れる。
何も見てないじゃん。
彼女の好きって何なんだろう。
俺は彼女の言葉を遮るように、
「俺のこと何も知らないでしょ?俺も君のこと知らないし、そんな状態で付き合っても意味ないでしょ?」
「それでもマミはいいって言ってんの!」
何でキレるんだよ…。
「うん、でも俺が無理だから。だからごめんね?これ以上は少し困るよ。」
それからも彼女はなかなか納得してくれなくて、食い下がり続けた。
結局、解放されたのはその1時間後。
納得させたとは言えない。
だってもうほぼ俺は逃げてきたようなもんだから。
「ごめん!君みたいな女の子は苦手なんだ!じゃ!」って飛び出してきてしまった。
あ————疲れた。
部活の時間にかぶってる。
始まるのは6時からでそこから、自主練が30分。
今は6時25分手前。
リハビリもできず、今から着替えても全体練習には間に合わない。
部長に連絡しようとLINeを開く。
(あ、グループメッセージ…)
部活のグループトークが動いている。
『今日は、監督が会議でいないので自主練のみになりました。参加は自由でいいです。』
あぁーー神様。
これで安心して鳥羽の元に行ける。
画面をスクロールして、あれ、と手を止める。
鳥羽からのLINeを見るけど既読にすらなってない。
「あれ、おかしいな………」
とりあえず階段を駆けのぼって屋上に向かう。
行く手を阻むテープを飛び越えて、息をきらして扉を開ける。
━━━━━そこに鳥羽の姿はなかった。
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