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ゴクッと思わず嚥下する。
心臓が飛び出すんじゃないかってくらい激しく心拍を繰り返す。
これは走りすぎたから?
それとも御波への恐怖?
多分どっちもだ。
すでに校舎に充満した湿気と、かいた汗で背中が気持ち悪い。
「………鬼ごっこはもう終わり?」
御波の声にビクッと思わず震えてしまった己に舌打ちをしたくなる。
あんなふうに追いかけられたら逃げるだろ誰だって…。
そして御波もまじになって追いかけてくんなよ。
「……鳥羽、こっち向きなよ。」
その言葉に、声音に勝手に体が動いてしまう。
ギ、ギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく御波を振り返った。
御波が怖いやら、嘘ついて逃げ出した自分が恥ずかしいやらで俯く。
そんな俺に御波が近づいてくる。
足が勝手に動いて壁際に身を寄せる。
見つめる白い床だけの視界に御波の足が映った。
「………俺さ、鳥羽がちょこちょこ誤魔化したりするの知ってるよ。俺の弓道見たあの朝も、体育館裏かなんかでタバコ吸おうとしてたんでしょ?」
………バレてやがる。
そんなに俺って分かりやすかったのか。
「せっかく鳥羽から声出したいって言ってくれたのに。何でいきなり嘘ついたり逃げたりするんだよ。ちょっとは距離が近づいたって思ってたのは俺だけかよ。」
(違う。)
「待たせたのは俺だけど、必ず行くからって言ったじゃん。俺が約束流すと思った?」
(思ってない。)
「………なんとか言えよ。」
そう促す低い声に、俺はおずおずとカバンからスマホを出す。
文字を打とうとする俺に
「また誤魔化そうとしたら、俺怒るからな。」
もう怒ってんじゃねーか。
これより上があんのかよ。
…………でも誤魔化すなって言われたしな。
誤魔化してもバレるって分かった。
でもあれを言えって?
女に嫉妬して拗ねましたって??
リハビリの時間がこれからなくなるって悲しくなりましたって???
こんなこと勢いまかせに言えたらとは思うけど
残念なことに俺の声帯はただのお飾り。
ちまちま、1文字ずつ綴らなきゃいけない。
うわ。まじかよ。羞恥で死ぬ。
スマホを握りしめて立ちすくむ俺。
そんな俺を黙って御波が見つめる。
視線が俺の手元から離れない。
いつまでもグズグズしていられない。
腹を括れ、俺。
傷は浅いうちの方がいい。
ここですっぱり御波に切られても、大丈夫。
息を大きく吸って、文字を打ち始める。
が、許してくれ。
俺にも羞恥心があるんだ。
『嫉妬』
それだけ打ってバッと御波に画面を向ける。
その2文字をみた御波が戸惑い気味に口を開く。
「…………嫉妬?何、俺に?」
『違う』
「…………え…………じゃあ、えっと…女の子に?」
問いかけに小さく頷く。
もういいや、言っちまえ。
『そいつと御波が付き合ったら、放課後の時間がなくなると思った。俺には御波しかいないのに、その時間をとられたら、また何もやってなかった頃に戻る。そう思って怖くなって逃げ出した。』
あぁーー……恥ずかしい。
多分俺、今めっちゃ顔赤いだろうな。
嫌な汗かいてきた。
くそ最悪。
御波は無言で俺のスマホを眺めている。
しん、となった俺と御波の間を雨音が走る。
なんだよ、この間は!
おいおい、勘弁してくれよ。
さっきまで説教たれてたくせに急に無言かよ!
何?何なの?
もう俺のテンションもHPも希望もゼロだから
「キモい」とか「女々しい」とか
そういう類の言葉言われてもなんともない(と思いたい)から
さっさと開放してくれ…………!
俺のスマホを握りしめて固まった御波に焦れて俺は勢い良く顔を上げる。
が、御波の表情を見て同じく固まった。
「…………っ⁉」
は?何でそんなに真っ赤なの??
俺の視線に気づいた御波が更に赤くなる。
「うわっ馬鹿!今こっち見んな!」
うわぁ~…………と情けない声を出しながら御波はしゃがみこむ。
組んだ腕に頭を伏せて完全に表情が見えない。
ただ、髪の毛の隙間から見えるその耳と首筋が面白いくらい染まっている。
御波がその体勢のまま、小さく声を出す。
「…………鳥羽さん。」
は?と、鳥羽さん??
「俺、断りました。告白。」
あ、そうなんだ…………ってかなんで敬語?
「今日のリハビリまだですよね?」
はぁ、そうですが。
え、なにこれ。
戸惑う俺を他所に御波は言葉を続ける。
「今日は俺から触れていいですか。」
(…………は?)
御波がジトッと俺を見上げる。
「ていうか、抱きしめていい?」
はぁ???だ、抱きっ?
え?はぁ?!
ドサッと肩からカバンがずれ落ちた。
急展開に頭と心臓が追いつかない。
魚みたいに口をぱくぱくさせてる俺。
御波が立ち上がって一歩俺に近づく。
さっきまで見下ろしていたのに、あっという間に視線が上を向く。
「嫌だったら突き飛ばしていいから。」
視線が外せない。
治まってきたはずの息があがる。
心臓がうるさい。
思わず後ずさった。
背中に壁が触れて、逃げ場が完全にないことを悟る。
御波の手がゆるりと俺の手首を掴んだ。
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