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37 夕星ーゆうずつー

「オラー席につけー」 深山の声に教室は椅子を引く音でいっぱいになる。 今日は文化祭の諸々を決めるらしい。 9月にあるのに、結構規模がでかいからちょっとずつ早めに準備が始まる。 因みに俺にとっては初めて参加する文化祭だ。 そして話し合いの時間に俺がいるのが珍しいから周りの視線がウザい。 …………だって御波が一緒に回ろうって言ったから。 仕方なくだ。 俺が教室にいることに深山は目を瞬かせたが、名簿で隠しているつもりのその口元がニヤついてるのはわかってる。 教室にいるからイヤホンは外してない。 音楽は再生してないけど。 あくまで話し合いには参加せず、ただその場の空気になり切る。 それが俺の仕事。 はい、文化祭の役割もこれで決まり。 カツカツとチョークが黒板を走る。 でかでかと『夕星祭(ゆつずつさい)』とかいた深山が振り返る。 「おーじゃ、まぁ委員長と副委員長、前出て色々決めろ。わかんないことあったら俺に聞け。」 「あーい」と返事をして御波が席を立つ。 そうだったな。委員長だもんな。 てか副委員長って誰だ。 チラっと髪の隙間から様子を窺うと、スラリと背の高い、スタイルのいい女(名前知らん)がプリントで顔を仰ぎながら立ち上がった。 教卓の方へ歩いていく彼女の黒い糸のような長い髪が舞う。 「アコちゃん、ほいじゃ進めますか!」 「アコちゃん呼びすんなって言ってんだろ萌志。」 ………………………………ほぅ。 いや、別に。 名前呼びとか気にしてねーし。 『アコちゃん』『萌志』 ふーーん。 なるほど。 なんとなく面白くなくてそのまま2人から視線を外す。 前からプリントが回されてくる。 まぁ、前のやつ(こいつも名前知らん)がビビってめっちゃ顔を伏せて俺の机にそっと乗せてくれたんだけど。 プリントの右端。 日付の下に2人の名前が並んでいる。 『御波 萌志』 『永尾 亜瑚』 当たり前に名前を呼び合って、こうやって名前を並べても違和感がなくて。 当たり前にみんなの前で二人並んで立つ。 ぼんやりとプリントを眺めたあと、そのまま裏返して窓の外に目を向ける。 ポケットの中のスマホからかかった音楽で声を完全にシャットアウトすることにした。 暫くしてLHR終了のチャイムが鳴った。 深山が「お前らちゃんと掃除してかえれよー」と教室を出ていく。 黒板を見ると『おばけ屋敷』の文字。 なるほど。おばけ屋敷、ね。 暗がりを利用して、触ってくるやつとか出そうだな。 思わずふん、と鼻で笑ってしまう。 とはいえ、どうやらLHRが終わっても話し合いは続いているらしい。 誰が何をやるかとかそういう話だろう。 こうやって各々が席を立って入り乱れている内にこっそり帰りたい。 御波を見ると友達と仲良さげに馬鹿笑いしている。 ………帰ろ。 俺が立ち上がったことで少し静かになった教室を出ていく。 視線が背中を追いかけてきている。 結局何をしてたんだろうと言いたいんだろう。 大丈夫、俺も何がしたかったのかわかんない。 背中の後ろでピシャンと音をたてて扉がしまった。

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