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40 煩悶ーはんもんー
文化祭の準備は日を追うごとに忙しさを増した。
6月、梅雨の真っ盛り。
朝から雨がしとしと降り続いて、俺のくせ毛は元気に跳ね上がっている。
「今日は一段と元気だな。」
今朝俺の髪を見て、開口一番そういったのは渡貫。
こいつは坊主とは言わないまでも、短く刈り込んでいるから湿気はそんなに気にならないのだろう。
その横で音楽雑誌を熱心に見ているのは烏丸。
今日も黒いマスクを着けている。
本人曰く、口元がコンプレックス。
初めて一緒に弁当を食った時に見たけど、なるほどとは思った。
アヒル口に艶ホクロ。
中学の時に散々からかわれたらしい。
この2人の話を暁にすると、少し興味を持ってくれたようだ。
文化祭で2人の出し物に行きたいというと、こくりと小さくうなずいてくれた。
面白い奴らだからもし暁が話せるようになったら、ぜひ会話をしてほしい。
こいつらが暁と俺より仲良くなってしまったら少し癪だけど。
今は、放課後。
文化祭の話し合いで教室には俺を含め、ほとんどみんな残ってるけど
各々別のことをしている。
暁の姿は見えない。
「そういえば」
烏丸が雑誌から顔を上げて口を開く(見えないけど)。
「朝にお前が来る前、女子が話してたぞ~」
「?何?」
「フォークダンスだよ。あのリア充のリア充によるリア充のためのイベント。あれのペア、お前がどーすんのか気になってるっぽい。」
「あ~…」
俺は言葉を濁して黙る。
フォークダンス。
友達同士で踊るものもいれば、恋人、もしくは片想いの相手とっていうパターンもある。
基本男子から誘うという、暗黙の了解みたいなのがあるけど俺は正直少し苦手だ。
踊るのは別にいいけど、去年結構絡まれたからな…。
渡貫と烏丸は助けてくんねーし。
ていうかこいつらはこいつらで踊りだすし。
最終的にはダンスをほっぽり出して制服のまま組体操始めてたな。
烏丸が渡貫に肩車されてギャーギャー叫んでうるさかった。
俺も女子から逃げて参戦して、神輿組んだな~。
俺と渡貫は身長同じくらいだから、必然的に一番背の低い烏丸が一番上になったけど。
でも今年は暁がいるからな。
絶対あいつは逃げようとする。
「フォークダンスね…2人は?」
「俺は去年同様、組体操。」
「あー俺今年は野外ライブやるよ。」
「はあ?!聞いてねーぞカラス!」
「今言ったからな、ぽんぽこ。そう怒るなって。」
なるほど。俺もワンチャン組体操。
でも暁は絶対交わらないだろうから、後夜祭自体一緒にさぼるってのも個人的にはアリ。
でもそう考える奴ら多いからな~。
後夜祭の最中の校舎は、カップルが意外といるから。
グラウンドでフォークダンスをして盛り上がってる奴らもいれば、校舎に戻って、つまりその、えっちなことをしてるのもいる。
そこに男2人戻るっていうのは……うん。
気まずいっていうよりまずい。
あーやっぱり、後夜祭にも参加してほしいな。
絶対楽しい。
暁は俺となら一緒に踊ってくれるかな。
みんなの前だから断られるかな。
無視はしないだろうから、また赤い顔して俺を睨むのかな。
「おい、烏丸。萌志がなんかニヤニヤしてる。」
「…そっとしといてやれよ、そういうお年頃だからな。」
「聞こえてんだよ。」
あー危ない。
最近気づけば、暁のことを考えていることが増えた。
抱きしめてしまった時からどうやら俺はおかしいみたいだ。
「何、好きな子でもできたの。」
烏丸の問いに「え?!まじか!」と渡貫も身を乗り出してくる。
「いや、違うけど…」
「「けど?」」
「やっぱり何でもない。」
好きな子?
暁が気になる子である子は確かだ。
なんかほっとけないし。
「ねえ、物は相談なんだけど。」
「何、俺そんなに恋愛偏差値高くねーけど言ってみろ。」
「俺も烏丸ほど低くはねーけど高くもないから言ってみろ。」
「渡貫、放課後体育館裏な。」
「ほんとに聞く気あるの。」
「「あります!」」
こいつら見ているとうちの双子を思い出す。
すぐ言い合いを始めるからそっくりだ。
つまり中学生と同レベルってことになるけどな。
「…ほっとけなくて俺が支えたいって思うのってどういう立ち位置の奴だと思う?」
「好きなやつだろ」
「んー好きってなんだろ」
「何、哲学??」
2人とも「?」って顔をしている。
「萌志にしては珍しいんじゃない?」
「え?」
「だって俺たちの知る限り、今までの彼女、全部向こうから告ってきたやつじゃん。」
確かに。
今まで付き合ってきた子たちはみんな向こうからだった。
でも付き合ってから可愛いと思うようになったし、好きだとも思えた。
俺から気にするっていうのは初めて。
って別にそういう好きではない。
…と思う。
「んん——わからん…。」
「俺たちの偏差値じゃだめだってよ。」
「そのようだな。」
頭を抱える俺を見て、2人はやれやれとわざとらしくため息をつく。
ポケットの中のスマホが鳴る。
取り出してみれば、通知には『暁』の文字。
シャキンと姿勢を正してメッセージを開く。
『放課後も忙しいなら、リハビリはやらなくていい。』
……えー…なんで俺委員長なんてやってんだろ。
いやいや、委員長やってなきゃ暁としゃべれなかっただろ。
あーでも、毎日のちょっとした楽しみが…。
「ねー!アコちゃん!」
教室の後ろできゃいきゃいと騒いでいる、永尾 亜瑚を呼ぶ。
「今日いつまでやる?」
「んーあたしはいつでもいいけど。」
「今みんな別のことしてるし、俺ちょっとここ離れていいかな?」
「あーいいんじゃない?」
周りの女子が「アコ、テキトーかよ~w」と笑う。
そうと決まれば、暁のとこへ行こう。
さっさと行こう。
どこにいるの?と返信して席を立ちあがる。
『屋上の扉前』
はーいすぐ行きます。
*
そそくさと教室を出ていく萌志を見送ると、俺は口を開いた。
「なぁ、渡貫。」
「何。」
「さっきの萌志の話さ、俺思うんだけどその相手さ……」
「?うん。」
「……あー、やっぱ何でもない。」
「はぁ?!そこまで言って何でもないはないだろ!」
抗議の声を上げる渡貫に周りの生徒が此方を見る。
「うるせーな。」
「いやいや、おまえのせいよ?」
「なんでもないって。憶測で何でもかんでも口に出すべきじゃないって思い直しただけ。」
「ふん!あーそう。」
俺は雑誌のページをめくる手を止めて、頬杖をつく。
最近やたら、スマホを気にしている萌志。
画面を眺める顔は、俺たちに向ける顔とはちょっと違う。
最初は彼女でもできたかと思ったけど、萌志が俺たちに報告しないわけがない。
先月末、衝撃的な光景を目の当たりにした。
いつも通り、空き教室でバンド仲間と打ち合わせをしていたのだが。
慌ただしい足音が聞こえたと思ったら、教室の前を鳥羽某が猛ダッシュで駆け抜けていく。
それだけでもう目が点になるというのにそのあとがさらに衝撃的だった。
風のごとく走り去る鳥羽に続いて、教室の前を通ったのは、
「は、萌志?!」
いやいやあいつ何やってんの?!
しかも何あの顔!こえええええええ!!!
思わず演奏の手を止めてしまった俺に周りのメンバーから不満の声が上がる。
でもそれどころじゃない。
一瞬しか見えなかったけどあれはやばい。
てかなにやっったんだろう鳥羽。
俺の頭には?しかなくて。
最近やたら、ため息が多かったり遠い目をしていたり。
かと思いきや、ある日突然朝から鬱陶しいまでのご機嫌で登校して来たり。
誰に対して一喜一憂しているのかと思っていたら。
もしかして鳥羽のことだったのかなあ。
あの日、屋上で一体何があったのやら。
いつもニコニコ、人当たりがいいようでどこか腹の底が見えない友人の新しい顔を見て何となく複雑な思いが浮かぶ。
俺達には見せない顔。
ま、別にいいんだけど。
萌志がもし鳥羽のことをそういう『好き』であったとしても俺は気にしないけどね。
こいつはどうかな…
そう思って隣でスマホをいじる渡貫を見る。
視線を感じたのか、
「んだよ、見んなよ。えっち。」
こいつはなぁ…馬鹿だから。
ため息をついて目をそらすと
「あ!お前、人の顔見てため息とか!」とぎゃんぎゃん言い始める。
そんな渡貫を軽くあしらいつつ、教室を出ていった萌志について考える俺であった。
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