42 / 138

42 恋君ーこいぎみー

「うぁーーー…つかれた……。」 自室のベッドにダイブして呻く。 あの後、教室に帰ってからは文化祭について話を進めたんだけど。 あれもやりたい、これもやりたい。 それはやりたくない、でもこれはやりたい。 いっぱい意見が出るのはやる気のある証拠なんだと思うけど、まとめないといけない立場としてはもうちょっとな。 誰かが不満を残す結果にはしたくないし、何とかしたいんだけど。 当日は点検と運営の裏方をやるつもりが、一部の女子が俺に客引きを提案した。 客引きをしていたら本部から離れないといけなくなるし、却下させてはもらったんだけど。 お化け屋敷を盛り上げるためだと言われたら、あはは。考えとくねと言葉を濁すしかなかった。 暁は何もやらないのかな。 何かしたいとも言ってなかったし。 暁となら客引きするのもいいけど。 彼が文化祭に参加すると言ってくれたのは、俺が一緒に回ろうって言ったからだ。 そう言わないと今年も参加しないつもりだったのだろう。 何かと人を避けがちなあいつは連れ出してやらないと、すぐ自分の殻に戻ろうとする。 だから目を離せない。 楽しいことはいっぱいあるんだって教えてあげなきゃね。 抱きしめてほしいって俺が言ったときのあの顔。 思い出しただけでも面白い。 いつも教室ではクールで何も考えてないような顔してるくせに、あんなに顔真っ赤にして狼狽えるなんてな。 ジト目で俺を睨むきれいな目とか、それを縁取る長いまつげとか、髪を撫でた細い指とか、泣きそうになると赤くなる目じりとか。 誰も知らない彼の一部を俺だけが知ってる。 そう思うとニヤついてしまう。 ズボンを腰履きしてシャツのボタンを開けてピアス開けまくって、いかにも不良ですよって見た目なのにあんなにピュアとか。 かわいい。 そう思うのはたぶんあいつだけ。 渡貫とか烏丸にはそんな風に思ったことないし。 あいつらは一緒にいると楽で素を出せて楽しくて。 暁はほっとけなくてかわいくてもっと一緒にいたいって思う。 全然違う。 やっぱり俺、暁のこと好きなのかな。 考えれば考えるほどどうしていいかわからなくなって 起き上がってリビングに降りる。 テレビの前で仲良く並んで座る、真昼と帆志に声をかけた。 「……お兄ちゃん、好きな子できたかもしんない。」 俺の言葉を聞いて、真昼がぱっと顔を輝かせていじっていたスマホを放り出す。 帆志はテレビのスイッチを切った。 真昼が少し横にずれて、空いたところをポンポンと叩いて座るように促す。 俺はその2人の間にいそいそと腰を下ろした。 こいつら、引いちゃうかな。 俺が男の人好きになったかもって言ったら。 おずおずと口を開く。 「あの、さ、春に俺たちが話題にした問題児、いたじゃん?」 「「うん。」」 「実はあの人と結局、なんやかんや仲良くなって。」 「え、まじ?!無視され続けてたのに!」 真昼が「あたしのアドバイスのおかげか!」と、どや顔をする。 まぁ、ちょっとはそれのおかげもあるかもね。 そこで神妙な顔をしてマグカップに口をつけていた帆志が口を開く。 「……兄ちゃん、その人が好きなの?」 「んー、たぶん。ほっとけなくてかわいいって思って俺が支えたいって思っちゃうのは好きってことかなって…。」 「その人、男って言ってなかったっけ。」 真昼も「あ。」って顔をした。 リビングがシン…と静まり返る。 まぁそうなるよな。 でもこういう話って血がつながったこいつらにしか言えなくて、引かれたら仕方ないけど、それでも自分の中でも持て余してるから。 「…だから、俺もちょっとびっくりしてんの。」 「一匹狼のそいつが兄ちゃんにだけ心開いてくれたから、勘違いしてんじゃないの?嬉しさと珍しさが混ざって特別感が出ただけじゃないの?」 「帆志……。」 ため息をついてソファから立ち上がった帆志は持っていたマグカップをシンクに置いた。 そしてそのまま何も言わず、2階に上がっていってしまう。 それを無言で見送っていると真昼が口を開く。 「ホント、ガキなんだからあいつ。……ねぇ、お兄ちゃん。」 「はい。」 「あたしは応援するから。お兄ちゃんの気持ちはお兄ちゃんのものだし、相手が男の人でもあたし別にいい。」 「ま、真昼…。」 「最初、背中押したのはあたしだしね。」 そう言って真昼は照れ臭そうに笑った。 女の子のほうが先に成長するってのは本当なんだな。 ホッとして真昼に抱き着こうとしたら、きもいと押しのけられた。 中学3年生になって真昼は前よりもっとかわいくなった。 短かった髪の毛は伸ばし始めたらしく、今では肩につくくらいの長さになっている。 俺たちはみんなくせ毛だから、朝、洗面所で「なんでこの髪の毛こっち向いてんの?!むかつく直んない!」と悪戦苦闘している。 帆志には帆志の思うところがあるのだろう。 2人ともに理解してもらおうなんて思わなかったけど、受け入れてもらえなかったのは少しだけショックだ。 でも。 俺の気持ちは俺のもの。 真昼の言葉に少しだけ救われた気がした。 もし、暁がトラウマを克服して、好きな子ができても。 彼が進む道の障害になるつもりはない。 だからこの気持ちは暁に渡すことはない。 生まれてしまった『好き』は暁の耳に届かない。 それでも俺が大事にするから。 自ら抱く初めての感情。 これからもっと積もって、器から溢れだしたらどうしようか。 溢れるほど好きになって、でも伝えられなくて。 その時、俺はどうするんだろう。 俺の『好き』はどうなるんだろう。 でも約束したんだ。 俺から離れないって。 離れることは許されないのに、俺の気持ちは…。 俺の気持ちは誰が救ってくれるのかな? そう思うとただ、胸が痛い。 「…お兄ちゃん…。」 真昼がそっと俺の上着の裾を握る。 ぽたりと熱いものが膝に落ちた。 「……え?」 ハッとして頬を抑えた指先が濡れる。 「あ~…はは、なんだこれ。」 俺の顔を覗き込む真昼の顔がゆがむ。 何でお前まで泣くんだよ。 笑おうとしたけど涙は止まらない。 壊れた蛇口みたいに流れ出てくる。 鼻を啜って真昼の肩を抱き寄せた。 始まらないし、報われない俺の『好き』。 生まれた瞬間死んでいくことを決められた『好き』。 自分の気持ちに自覚を持った今日。 生まれて初めて『好き』で泣いてしまった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!