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保健室の扉が壊れそうなくらいの音を立てて開く。
ぎょっとした表情の保健医に半ば叫ぶように言った。
「ミヤセンを…っ、2年3組担任の深山先生を、呼んでくださいお願いします……っ」
五条先生は、息を切らして飛び込んできたびしょ濡れの俺を呆気に取られて見ていた。
が、背負われた暁を見て転がるように保健室を出ていく。
それを確認した後、一番奥のベッドに急いで、背中でぐったりしている暁を運ぶ。
真っ白なシーツにそっと彼を横たえた。
腕を首の後ろから抜くと、こてんと顔が横を向く。
シーツにその身を沈ませた彼は触れたら消えそうなくらい儚かった。
肌はまだ少し青白く、射干玉のような真っ黒な髪。
血色を少し取り戻した唇に視線を持っていきかけて、慌てて目を逸らした。
(白雪姫みたい……あ、姫じゃないか。)
ただ目を瞑って死んだように横たわる彼はどこかこの世のものじゃない感じがした。
とりあえず体を冷やすものを持ってこよう。
一番近い窓を開ける。
風を孕んだカーテンが小さく揺れた。
備え付けられた小さい戸棚から冷えピタを見つける。
これをおでこと首筋に貼ってやろう。
そう思って暁の元に戻ろうとしたとき、
「御波!!!と、鳥羽!!」
慌ただしい足音と共にミヤセンが保健室に走りこんできた。
いつもはジャージなくせにちゃんとしたスーツを着た彼に目を丸くする。
「え、着替えてきたんすか。」
「はぁ?!ばか、他校の会議行く途中だったんだよ!!で?!鳥羽は?!」
「ベッドに寝かせてます。あと、これ貼ろうと思って。」
ベッドを指さして、手に持った冷えピタを揺らす。
鳥羽のいるベッドに駆け寄ったミヤセンは大きくため息をついて俺を振り返る。
肩で息をしながら、ミヤセンは俺の肩をポンポンと叩いた。
「よく、気付い、たな…っあ―――こいつが一人じゃなくて、ホントよかったわ……。」
息も絶え絶えにミヤセンが顔を片手で覆う。
それは俺も心底思った。
もし俺が来るのが遅れて、あの咽るような薄暗い場所に暁を一人ぼっちにしていたら。
気づくのが遅れていたら。
倒れたあとの暁を見つけてしまったら。
彼はどうなっていただろうか。
そう思うと背筋が凍った。
熱中症だなんて馬鹿にできない。
運動部だし特によくわかっているつもり。
ベッドのほうを見る。
規則正しさを取り戻した呼吸の音が微かに聞こえてきた。
それに緊張の糸が緩んでしゃがみ込む。
「あ~~~……ビビった~~~……。」
勘弁してほしい。
簡単に目を離せない。
好きなやつのこんな姿見せられてちゃんと冷静に対処できた俺を全力で褒めてほしい。
あぁ怖かった。
虚ろな目が俺を映さなかった時、呼んでも反応がなかった時、背負った体が頼りなくぐったり俺にもたれてきた時。
もうこんな思い、二度とごめんだ。
「よく見つけたな、鳥羽のこと。」
呼吸が落ち着いてきたミヤセンが言う。
「だって一緒にいたから。」
「え??」
「連絡先を交換してから、ほぼ毎日放課後にリハビリしてたんすよ俺ら。」
ミヤセンが驚いたように目を瞬く。
「え…リハビリって…」
「あか……鳥羽が失声症ってこと教えてくれたんです。それで、俺とちゃんと話したいって言ってくれたからそれで…。」
「なんで声が出なくなったのか、お前は知っているのか?」
「……いや、そこまで俺は聞かされてません。」
「……そうか。」
ミヤセンの声が静かに床に落ちた。
この口ぶり的にミヤセンは暁のトラウマについて俺より知っているんだろうな。
少しだけ不満が心で揺れる。
でもそれには俺は取るに足らないってことだ。
まだちゃんと話すようになって4か月そこらじゃな…。
去年から担任持ってるミヤセンに比べて信頼度が欠けるんだろう。
「おまえすげーな。俺はこいつの事情、こいつの保護者さんから聞いたけど。お前にはちゃんと言ったんだな。」
ミヤセンがまた俺の肩をたたく。
あ、そうなんだ。
ミヤセンが、よし、と言って出口に向かう。
「え、先生どこ行くの。」
「さっき言ったじゃん!会議だよ!」
「五条先生は??」
「職員室にいる。あの先生に任せるより、お前のほうがいいだろ。一緒にいてやって。」
そう言ってミヤセンは出て行ってしまった。
まぁ、確かに。保健室の先生に診てもらうよりは俺がそばにいたいけど。
(え、まじで。)
シンとした部屋に一人立ち尽くす。
風でカーテンが揺れる音と、ひぐらしの鳴く声が静かに響いていた。
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