48 / 138

48 誓言ーせいごんー

熱があった暁は布団に入ってすぐ寝息を立て始めた。 俺の布団で寝ることにしばらく抵抗していた彼だったが、体力の限界がきてしぶしぶ折れてくれた。 (こんなに嫌がられるとは……) もしかして潔癖症なところでもあるのだろうか。 人が使ったものが使えないとかそういう…。 だったら相当無理させてるのかなぁ。 あ、落ち込む。 ため息をついて枕に顔をうずめた。 暁は寝てしまったけど俺が寝るにはまだちょっと早い。 一応布団の中には入ってみたけど、枕もとの小さいスタンドライトは点けている。 オレンジの明かりが暗闇を照らす。 真昼も帆志も帰ってきて、お帰りだけ言っといた。 帆志とはまだちょっと気まずいけど。 ちなみに暁がいることは言っていない。 布団の中で寝返りを打つ。 俺の態度に暁が不安そうな顔をするようになった。 悟らせまいと思っていたけど。 暁を見るたびに『好き』が増えていく。 茶化して何とか以前の空気に持っていこうとはしているんだけど。 むくれる暁がかわいくて結局、切なくなる。 あぁ、苦しい。 片想いがこんなに苦しいものだったなんて知らなかった。 暁はあまり笑わない。 でも、表情が柔らかくなるから楽しいんだなってわかってやれる。 声をあげて笑う暁が見たい。 俺の名前を呼ぶ暁が見たい。 その暁を一番最初に見るのは俺であってほしい。 そんなことを考えてしまう自分が憎い。 どんどんはまっていくのが怖い。 でももう戻れない。 暁を純粋に友達って思ってた頃の自分なんかもう思い出せない。 「あぁ―――…………。」 呻き声を枕で殺す。 目が離せないせいで連れて帰ってしまうし。 俺の服着せちゃうし。 ビッグシルエットの服を好むせいで暁がそれを着るとダボダボだった。 脱衣所から出てきたときは可愛すぎて卒倒するかと思った。 あーびっくりした。 平静を装えた自分を褒め称えたい。 部屋に戻るまでにちょっと振り返ると、必死に短パンの紐を結んでいた。 ちょっと思い出し笑いをしてしまう。 オレンジの明かりをぼんやり見ていたらだんだん瞼が重くなってくる。 いろいろありすぎて結構疲れていたんだと思う。 一度瞼を閉じてしまうとあっという間に眠りの世界に引きずり込まれていった。 * 妙な物音で目が覚めた。 ばたばたと走り回るような音。 布がすれる音。 最初は寝ぼけていて夢と現実が入り混じっていた。 でもそれを何だろうと考えているうちに意識がはっきりしてくる。 (え、誰か暴れてる……?) ぱっと身を起こす。 物音がするほうに目を向けた。 そして目に飛び込んできた光景に固まってしまう。 「え。」 暁が体を捩り、誰かをしきりに突き飛ばすように腕を振り回していた。 いやいやと首を振り、口元を引っ掻く。 固く瞑った目から涙が溢れ、頬を濡らしている。 身体全体が震え、食いしばった唇から血がでていた。 「暁?おい、起きろ!どうした?!なぁ!」 ベッドに駆け寄って暁の体を揺らす。 ビクッと彼の体がこわばる。 振り回す腕が容赦なく俺を攻撃する。 でも、怯んでる暇なんてなかった。 暴れる暁の腕を掴む。 上半身を起き上がらせて、肩を掴んで揺らす。 「暁!聞こえる?おい、目覚ませよ!」 がくがくと揺すぶられた暁が突然目を開けた。 見開かれた目が放課後に見た時と同じ。 どこか別のところを見ている。 だらだらと涙が彼の頬を伝った。 浅い息を繰り返して、また暴れる。 俺を押しのけようと暁が必死でもがく。 夢と混在している。 まだ意識はないんだろう。 無我夢中で暁の体を抱きしめた。 耳元で名前を何度も呼ぶ。 「暁。よしよし、大丈夫。大丈夫だから。」 子供をあやすように背中をさする。 するとしばらくもがいていた暁が落ち着いてくる。 時間がたつと震えもなくなってきた。 浅かった呼吸も元に戻り、力尽きたように俺の方にぐったりもたれかかってくる。 「暁……?」 頭をそっと撫でて顔を覗き込む。 涙は乾いて、静かな寝息を立てている。 暁を横向きに抱きかかえて、俺もベッドに上った。 背中をポンポン軽くたたきながら彼を抱きしめる。 (怖かったな、大丈夫。俺がいるから。) おでこに手を当てるとまだ熱がある。 布団を引っ張って自分ごと包み込む。 安心しきったようなあどけない寝顔を眺める。 切れた口元の血を親指で拭いてやる。 暁はいつの間にか俺の手を握りしめていた。 はだけた首元を整えてやる。 上から見るとシャツの中が見えてよろしくない。 「……おやすみ。」 おでこにキスを落とす。 頬に手を添えると無意識なんだろうけど、擦り寄せてくる。 愛おしい。 暁の頭に頬を乗せる。 しっかり抱きなおして、壁に背をつけた。 俺のそばが彼の一番落ち着ける場所になればいいのに。 そしたら怖い思いなんてさせないのに。 悪夢なんか全部俺が追っ払って。 トラウマのフラッシュバックなんだろう。 放課後のあの目もそう。 彼はまだ過去に囚われている。 いつも一人、こんなに怖い夜を過ごしていたんだろうか。 一人で泣いて目を覚ましていたんだろうか。 (大丈夫。一人にしないよ。) お前に一番大事な人ができるまで。 離れない。 俺が苦しくても、大丈夫。 暁の傷に比べればこんなもの。 不安ももう感じさせない。 うまくこの気持ちを殺してみせるから。 いつもより小さく感じる体を抱きしめて改めて誓う。 俺は暫く様子を見守ろうと暁の顔を眺めていたけどいつの間にかゆるゆると眠りに落ちていった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!