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49 微睡ーまどろみー
(あっつ……)
寝苦しさに目を覚ます。
部屋にエアコンの音だけが静かに流れている。
かけられていたタオルケットは蹴飛ばしてしまっているらしい。
(今何時だ……?)
寝返りを打って飛び上がる。
プチパニックに襲われる。
触れそうなほど近くに萌志の顔。
一気に目が覚めた。
(な、なんっ…?!)
何で?!あれ、別々に寝たよな?!
何でベッドの上に……。
俺が連れ込んだのか??!
それともこいつが寝ぼけて入ってきたのか??!
いや、なんか思い出しそう。
眉間を揉みながら、昨夜のことを必死に振り返る。
相変わらず繰り返されるフラッシュバック。
纏わりつく手を必死に引きはがそうとしてもがく。
腰を無理やり持ち上げられて、それで……。
……俺もしかしなくてもやらかした?
最悪だ。
こういうときに限って悪夢を見てしまった。
でも目が覚める前に落ち着いたのは、萌志が気づいてくれたからなのか?
いつもは一度悪夢を見て目が覚めてしまったら、明け方まで浅い眠りを繰り返すのに。
朧げな記憶を辿れば、誰かに優しく頭を撫でられていた気がする。
起き上がりかけていた体をもう一度横たえた。
すやすやと寝息を立てる萌志の寝顔を見つめる。
長いまつげ。
あ、二重の溝にいつも隠れてるホクロがちゃんと見えてる。
これ知ってるやつどんくらいいんのかな。
隠れチャームポイント……。
顔にかかった髪の毛をそっと払う。
朝日が当たって、栗色が明るい茶色に見えた。
キラキラ輝くかわいいくせ毛。
こっそり手を伸ばして梳いてみる。
髪質が良くて、柔らかい。
子供みたいだ。
なんだか暖かい気持ちになった。
調子に乗って頭を撫でてみる。
汗ばんでるけど気にならない。
すると、萌志の瞳がゆっくり開いた。
「ん……?あか、つき……。」
ぽやんと薄く開いた口が起き抜けの掠れた声で俺を呼ぶ。
まぶしさで潤んだ瞳を何度かしばたかせている。
萌志を撫でていた手を慌ててひっこめた。
そんなことにも気づかず、むにゃむにゃと口を動かしていて、また目が閉じられていく。
なんだ、ちょっと寝ぼけてたのか。
土曜日だし、ゆっくり寝たいのかな。
もう熱はないし、こいつらの家族が起きる前に帰ろうかな。
萌志はまた夢の世界に行ってしまったらしい。
再び規則正しい寝息が聞こえてくる。
ふと視線を移動させると、萌志の腹が出てる。
風邪ひくぞ、と裾を引っ張ろうとして手が止まった。
隙間から見えるバキバキに割れた腹筋。
思わず自分の腹を撫でて比べてしまう。
ん――……さすが運動部。
こいつの弓道を見たときすごく姿勢がきれいだったから何となく納得した。
シャツを直してやって、伸びをする。
のそのそと体の向きを変えて、萌志の上を這いつくばって移動しようとした。
が。
ズルッ
手をついた場所はベッドの端。
勢い良く滑って萌志の上にダイブしてしまった。
「…ふぐっ?!…げほっ、な、なになになになになに?!え、なにが起こった?!」
萌志が咳込みながら、はね起きる。
ごめんごめんごめんごめんなさい。
あんなに気持ちよさそうに寝てたのに。
申し訳なさのあまり萌志のおなかに顔をうずめた。
「あの?暁くん?何してるのかね君は…。」
萌志が苦しそうに顔をゆがめたから慌てて起き上がる。
ほんとごめんなさい。
そしておやすみ。
無言で会釈をして俺は何もなかったことにしようとした。
呆然と上半身を起こしてる萌志の肩をそっと押して元の位置に戻す。
されるがまま、ぽすりと寝転ぶ萌志。
よしよし。
そのままおねんねしな。
いってらっしゃい、夢の世界。
俺帰るから。
謎の頷きを萌志に向け、今度こそ俺はベッドを降りる。
「いやいや、何もなかったことにすんな。」
俺の手首をとらえて、萌志がのっそり起き上がる。
がしがしと頭を掻きながら、大きなあくびをしている。
そして恨めしそうな顔で俺を見た。
「……帰るの?」
そうだよ。
頷きながら萌志の欠伸がうつってしまう。
「……帰り道分かんの?」
……分かりません。
「朝ごはん買ってないけど、どうすんの?コンビニに一人で入れんの?」
……入れません。
「その服で帰んの?パンツ見えてるけど。」
………。
腰ひもがほどけてずれ落ちそうなそれを見下ろす。
思いっきり腰骨とパンツのゴムが見えてる。
そっと短パンを持ち上げた。
何も言い返せず、真顔になる俺を見て萌志が小さく噴き出した。
「着替え、サイズ合わないかもしれないけどマシなの貸すから。それからコンビニ行こ。」
俺ほんとに赤ちゃんかよ。
……このままだとただのダメ人間になりそう。
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