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50 緞帳ーどんちょうー
夏休みはあっという間に過ぎていった。
今年も御波家のアイスの消費量は半端なかったと思う。
何度コンビニと家の間を行き来したか。
でも何が夏休みだ。
前期夏期講習が終わったと思ったら、2週間弱を挟んでまた後期夏期講習が始まる。
夏らしいことといえば、夏フェスに烏丸と渡貫と3人で行ったくらいだ。
あとは、盆休みに祖父母宅に行った。
そんだけ。
暁ともっと会いたかったな。
いや、でも会ったら出合い頭に「好きです!!!」とか言ってしまいそうで怖い。
気づいたら告ってたとか笑えない。
あの日以降、暁とはLINeでのやり取りのみ。
何してるのって聞いたら全部『何も』だった。
遊びに誘ったけど『人がいっぱいいるとこはまだ行きづらい』って言われたから、それ以上は誘えなかった。
それに実家にも帰らなかったようだった。
暁のこともっと知りたいけど踏み込みにくい。
でもうなされてるとこ見てしまったし、気になるのは事実。
深山は全部知ってるんだよな…でもだからって他人の口から聞きたくないし。
まぁ、深山は言わないだろうけど。
俺も聞かないし。
ちょっと気になっただけだし。
自然と彼の口から出るのを待とうとは思うけど、こんだけ色々片鱗を見てしまったらなぁ。
悶々としているけど今は放課後。
本格的に始まった文化祭準備中。
当日まで1か月をきった。
俺はとりあえずいろんなところの手伝いに入っているけど……。
「御波くん~客引きやろ~よ~!」
「そうだよ!せっかくお化け屋敷するのにお化けのかっこしないの~?」
うーん。まだ続いてたのかこれ……。
苦笑いを浮かべながら、前と同じことを言ってみる。
「いや~俺は裏方で全体の動き見ないといけないから…森岡さんやりなよ。」
すると夏休み前から客引きをすごく推してくる森岡さんが頬を膨らませる。
「えぇ~?あたしが1人でやるの?」
「じゃ、戸谷さんも……。」
森岡さんと一緒に声をかけてきた戸谷さんにも話を振ってみる。
「いや、あたしは衣装係だから!」
ありゃりゃ。これはまずい流れでは?
「あ、じゃあ御波くん、沙耶とやってあげてよ!」
戸谷さんが森岡さんの肩を抱いて詰めよってくる。
ほら~、何でそんなに頑なに俺に客引きさせようとすんの。
やるのが嫌なんじゃなくて俺にも俺の仕事が…
あ、そう言えばいいのか。
「ごめん。手伝いたいのは山々なんだけどさ、俺にも俺の仕事があるし忙しいと思うからほかの子誘ってあげて。」
「ね?」と諭してみるが森岡さんたちは食い下がる。
そして森岡さんは俺が一番困る提案をしてきた。
「じゃあ、あたしとフォークダンスのペア組んでくれたら諦めてあげる~!」
まじか。
後夜祭は暁と一緒にいたいのに…。
ちらりと教室に視線を彷徨わせるけど、暁の姿がない。
後で探しに行こ。
女子たちがチラチラとこちらを窺っている。
「あはは、俺、烏丸たちと組体操する約束してるから…。」
「烏丸くんと組体操なんかいつでもできるじゃん?」
誰か―――……。
烏丸たちに視線を送ると、やれやれと烏丸が立ち上がってくれる。
あぁ、救世主。
あとでカフェオレ奢ってやろ。
烏丸は持っていた段ボールの切れ端で顔を仰ぎながら、俺と2人の間に割って入った。
俺より少し低い彼の背中が頼もしい…。
「……森岡さん。しつこい女は嫌いだぞ。」
「はぁ?誰が。」
「俺が。」
「いや、烏丸くん関係ないじゃん。」
「関係ならある。萌志と踊るのは俺だからな。」
「何言ってんの?頭おかしいじゃん?」
よしよし、烏丸。その調子だ(?)
そっと後ろに後ずさりする。
するとタイミングよく渡貫が俺を呼んでくれる。
お前ら最高。
超好き。
「あ、渡貫呼んでるから。俺行くね!」
「俺も渡貫に呼ばれてることにするから、行くね。」
烏丸と肩を組んでそそくさと退散する。
「烏丸まじうざ…」と森岡さんの呟く声が聞こえる。
女の子、怖いなぁ。
ちらりと烏丸を見ると俺の肩に手をまわすのが身長的に厳しかったらしく、プルプルしている。
吹き出しながら小声でお礼を言うと、「何笑ってんだよ、元の場所に戻すぞ。」と言われた。
でも見えてる目元がいたずらっ子みたいに笑っていた。
*
頼まれた看板作りを手伝っていると、徐に渡貫が口を開く。
「萌志、今付き合ってる奴いないじゃん。」
「え?うん…いきなり何。」
「なんで女子から誘われても断んの?森岡さん絶対お前のこと好きじゃん。」
「なんでって……仕事があるし…仮に俺のこと好きって言われてもその気もないのに言うこと聞いちゃうのも……なんか…さ。」
「ふ~ん……そう。」
渡貫はちらっと何か言いたげに俺を見た。
でもそれに気づいても俺は目を合わせなかった。
切っていた段ボール製の文字が一通り切れたから、立ち上がる。
「俺、教員室と自販機行ってくるわ。2人なんかいる?」
「俺は大丈夫。ありがと。」
「俺も。」
俺は返事に無言で頷いて、教室を出た。
物凄く、暁に会いたい。
2人だけの空間に行きたい。
早く。彼の顔をちゃんと目を合わせて見たいんだ。
俺は何となくやるせない気持ちで逃げるように足早に教室の前から離れた。
*
手元を見たまま渡貫がしゃべり始める。
「烏丸。」
「何。」
「萌志、財布持たずに出ていったな。」
「……そう。」
「お前気になんないの?」
「何が。」
「しらばっくれんなよ。お前だって最近萌志が変なの気づいてんだろ。」
「……うるさいなぁ。いくら仲良くたって言えないことだってあるでしょ。」
渡貫がムッと口をとがらせる。
「……お前も、あんのかよ。」
俺はそんな渡貫を見つめる。
すると、突然無言になった俺にたじろいだ表情を見せた。
「な、なんだよ。あんのかよ。」
「秘密だよ、ぽんぽこ。」
「ぽんぽこいうな!」
そのまんま何も知らずにいたほうがいいことだってあるでしょ。
ねぇ、渡貫。
俺はなんとなく察しがついてるけど
お前は嫌がるかもしんない。
関係が壊れるかもしれないリスクは冒せないでしょ。
今のこの関係は居心地がいいし、気に入ってる。
憶測であろうと真実を知っていようと俺はマスクで口を覆ったままだ。
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