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58 氷輪ーひょうりんー

9月下旬。 残暑も和らいで、過ごしやすくなった。 そして、当日を迎えた夕星祭。 朝から賑わう校舎は、客引きの声や女子高生の笑い声、子供が模擬店の前で駄々をこねる声など、いろんな声で溢れかえっている。 2年3組のお化け屋敷もなかなかの繁盛だ。 終始、廊下に叫び声が響いている。 それにつられて列に並ぶ人も多い。 衣装係とメイク係が、プロ顔負けのクオリティでクラスメイトをお化けに変えた。 1人1人お化け役を見せてもらったけど、なかなかの怖さだ。 教室の中は迷路みたいになっていて、俺も開店する前に1回入ったけど面白かった。 俺はどれが誰か分かっているから、笑ってしまったんだけど。 それにつられてみんな笑いだすから出口までヒーヒー言っていた。 渡貫がぬりかべ役で俺の前に立ちふさがったときは、面白すぎてしゃがみ込んでしまい、しばらく動けなかった。 グレーに塗りたくられた顔面でドヤ顔されたら、誰だって笑うと思う。 午前中の俺の仕事は、列整理をしたりお化け役やその他の係の人たちを休憩に回したり。 一瞬入り口に立ったけど、アコちゃんにすぐ引っ込まされた。 んー何がいけなかったんだろう。 とりあえず俺が客引きやんなくてよかった。 今は仕切りの間で、客の叫び声をBGMに暁とLINeをして時間をつぶしている。 お化け屋敷入ろうって誘おうかと思ったけど。 暁は叫べないから、もし怖がりだった場合に喉に負担をかけそうだと考え直した。 暁さえよければ俺は何回でもはいれるんだけどね。 俺の仕事が終わるのは、1時。 教室前で落ち合おうって約束した。 あともう15分くらいがんばったら暁のところへ行ける。 通知を知らせるバイブ音に気づいて、アプリを開こうとしたとき、廊下で列整理をしていたクラスメイトの足立くんが仕切り内に慌てたように入ってくる。 「御波!」 「どしたの、トラブル?」 「うん。なんか、お化け屋敷の中でスマホ落としたって他校の女子が…。中に入らせろ、の一点張りで。」 ありゃりゃ。まじかぁ。 手に持って入ったのかな。落とし物しないように注意書きしていたんだけど。 「そっか。じゃ、俺が話聞いてくるからここで全体見てもらってもいいかな?」 「お、おう。分かった。」 頷いた彼を俺が使っていた椅子に座らせ、廊下に出た。 ちょっと不安げだったからすぐ戻ってあげないと。 アコちゃんもそろそろ帰ってくるし。 廊下に出ると、その明るさに目が眩む。 目を瞬きながらきょろきょろすると、入り口に立っていた箕輪さんが手を振った。 「み、御波くん。こちらのお客さんが…。」 大人しそうな彼女がおどおどと手で示したのは、近くの女子高の生徒だった。 気だるげな様子で爪をいじっている。 その子は俺を見ると、ぱっと顔を輝かせた。 そして間延びした声を出しながら、中を指さす。 「あたし、中でスマホ落としちゃったんですけど~。また中に入ることってできますか??」 「えっと…運営の方も関係してくるので………あ、特徴言ってもらえたら、俺、中で探してきますよ。」 疑うってわけじゃないけど、探すのに夢中で仕切りとか倒されたりしたら困るし…。 俺が中に入ってスタッフにこっそり声掛けしながら探せば、早く見つかるかもだしね。 1時まではあともうちょっとある。 急いで手分けして探せば、間に合う。 そう思ったんだけど… 「それ、あたしがついて行くのは絶対ダメな感じなんですか?」 うーん。そう言われたら、だめって言えないよね…。 ちらりと箕輪さんを見ると何故か「私がついていくんですか?!」みたいな泣きそうな顔をされてしまった。 ありゃ。俺を待っている間に何があったんでしょう。 時間がないからここは折れるしかないか。 「引き続きよろしくね。もう少しで休憩だから頑張ろ。」と箕輪さんにささやいて、その女子高生とお化け屋敷に入る。 愚痴を言わせてもらえば、何度も言うけど俺は知らない女の子じゃなくて暁と入りたかった。 真っ暗な教室に入ると、だいぶ調子づいてきたお化け役が全力で脅かしてくる。 そして俺にしがみついて、悲鳴を上げる女子高生。 クラスメイトは脅かした相手が俺だとわかるとみんな目を丸くして、視線を後方に滑らせる。 そして、みんなして「え、彼女?」と小指を立てるのだ。 彼らの小指を捻じ曲げたい衝動に駆られるけど、そんな時間すら今は惜しい。 ゆるゆると首を振りながら、事情を伝える。 早くしないと。 ちらりとスマホで時計を確認すると、あと3分で1時。 迷路の中盤に差し掛かったけど、スマホはまだ見つからない。 俺のスマホで床を照らしながら念入りに探す。 悲鳴を上げては、俺のカーディガンの裾を握って離さないその子。 このままじゃ、暁との約束に間に合わない。 連絡を入れようか。 でも、早くスマホを見つけたい。 焦ってきた。 ちょっと早口でしゃべりながら彼女を振り返る。 「あのっ後ろの人が詰まってくるから、早めに、回ります…ね………」 そこで、彼女が手に持っているものに気づいた。 (え……) 立ち止まってまじまじとその手に握られているスマホを眺める。 身体の影に隠すように持ってるけど、それはどこからどう見ても彼女が落としたはずのもの。 「え……なんで…。持ってるじゃん。」 丁寧な言葉づかいも忘れてそれを指さす。 彼女はぎくりと体をこわばらせると、さらに手元を隠すように体の向きを変えようとした。 その手を掴んで引き上げる。 痛そうに顔が歪められた。 でもそれに罪悪感を感じるほど今の俺は優しくなれない。 「…何で?意味わかんない。持ってんなら早く出口、行こう。」 手を掴んだまま、出口に向かおうとすると抵抗するように立ち止まられる。 「ご、ごめんなさい!でもあたし、あたし御波くんと写真撮りたくて…っ。声かけようと思ったら中に入っちゃうし!こうでもしないと、一緒にいれな……」 「…っあのさぁ、」 彼女の言葉を遮る。 泣きそうな表情のその子を冷ややかに見下ろす。 こんなくだらないことで暁との約束の時間に間に合わないなんて。 こんなにイライラしたのは久しぶりで。 どうしても語尾が荒くなってしまう。 「そもそも、あんたは誰?こんな方法で、はいじゃあ撮りましょうってなると思った?俺には俺の都合があるし、予定だってあるの。迷惑なのは俺だけじゃない。声をかけて今も仕事しながら探してくれてるクラスメイトもいるの。俺達が中には行ったことでお客さんを入れるスピードも調節してんの!そんな姑息なことされてムカつかないわけないじゃん!」 「で、でも…」 「でもじゃない。もう自分1人で出口行ってよ。」 掴んでた手を放す。 時計を見れば、1時なんかとっくに過ぎていた。 スマホを眺めて俺を待つ暁が目に浮かぶ。 (ごめん暁。すぐ行くから。) 俺は進んできた道を戻ろうと踵を返す。 「待って!」と腕を掴まれたけど、無言で振り払った。 ホント時間の無駄だった。 箕輪さんはこのこと知ってたのかな? きっと俺を出すように強気で迫られたんだろうな。 憤怒の表情で逆走してくる俺にぎょっとするクラスメイト達に「もう探さなくていいよ。ありがとう。」 と言いながら足早に通り抜ける。 出る時に、入り口で仁王立ちしていたアコちゃんとバトンタッチした。 慌てて出た教室前。 人の行き来で混んでいる。 目を凝らして辺りを見回すけど、いるはずの暁が見当たらない。 スマホを確認すれば、『もういるんだけど。』の文字。 ぱっと顔をあげる。 (え、どこ?!) 焦りながらキョロキョロしていると、誰かに小さくカーディガンを引っ張られた。

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