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59 凱旋ーがいせんー
振り返ったときの萌志の顔。
俺はそれを見て「どーだ!」と胸を張りたくなる。
今の俺はきっとうまく生徒に馴染めている。
全部外されたピアス。
メタルフレームの丸眼鏡。
ネイビーのセーター。
いつもおろしている前髪は、軽くあげてみた。
スラックスだってちゃんと履いてるし。
どこからどう見ても不良には見えないはず。
「え……、暁?!」
口元を抑えた萌志は笑顔を含んだ驚きの表情をする。
即席の変装だけどうまくいったみたいだ。
俺の最近の検索履歴は、『真面目に見える服装 制服』とか『真面目に見える髪型』とか。
ピアスの穴はさすがに塞げなかったけど、とりあえず全部外してきた。
「真面目=眼鏡」という固定観念に振り回されている俺は、気づけば通販でチャラく見えないシンプルな眼鏡を買っていた。
ガリ勉に見えなくても、いつもよりは大人しくなっているはず。
「へぇ~!一瞬誰か分かんなかった!」
俺の周りをくるっと回って萌志はふにゃっと笑った。
よしよし、俺の判断は間違いじゃなかった。
心の中でガッツポーズをする。
萌志は少し興奮した様子で
「俺、いつもの格好の暁もす……」
と、そのまま固まる。
え、なに。
(す?)
首をかしげて言葉の続きを待つ。
すると萌志は少し早口になって
「……っごく、い、いいと思うけど!こっちも似合ってる!」
なんだ。めちゃめちゃ溜めたな。
萌志はいつものほうが良かったのか。
セーターの裾を引っ張りながら、何となく残念な気持ちになる。
ううん、大丈夫だ。
これなら俺はいつもより安心して萌志の横に立てる。
萌志のイメージを下げないし、変な視線を向けられることもない。
いつもは俯きがちな視線も、レンズ越しならあげられた。
*
最初に軽音部のフェスに行った。
烏丸ってやつのバンドは凄くかっこよかった。
あの人が何でマスクをしているのかは謎だけど。
表情の読めないから何となく苦手だ。
でも萌志が仲がいいからきっといい奴なんだろう。
固定ファンもいるんだ、と萌志が嬉しそうに言っていた。
激しい曲調でも、烏丸が出す繊細な音は心地よかった。
そして向かうのは第2体育館。
あけ放たれた扉には『参りました』の文字が墨で書き殴ったようにでかでかと書かれている。
教師はよく許したな。
綺麗に消えるんだろうか。
直に書かれたその文字は妙な覇気を発していた。
熱気で包まれた体育館はすでに大きな歓声で溢れかえっていた。
拡声器を持ったバスケ部員が、煽るように叫ぶ。
「こいやああああああぼっこぼこにしてやんよおおおおおお‼」
萌志が爆笑して手をたたくから、その部員が渡貫だということが分かった。
遠目でも分かるくらいデカい。
狂ったように叫んでいる彼が着ているTシャツには「参りました。」と書かれている。
(………きっとバカなんだろうな。)
しみじみと思ってしまった。
萌志の友達なのに。
参戦者の並ぶ列にいるのは、他校バスケ部員や女子バスケ部員などが殆どのようだ。
こんな多くの人に囲まれて、堂々といけるのはきっと経験者だからなんだろう。
試合慣れだろうか。
フリースロー大会がこんなに盛り上がっているとは思わなかった。
どうやらうちの高校のバスケ部は強いらしく、それに挑んでいくのはかなりの猛者たちらしい。
萌志は俺の腕を引っ張って様子が見えやすいところまで移動していく。
俺はずれ落ちそうになる眼鏡を必死に押し上げてそれについていった。
その時、
「あぁ――――!来たな萌志!!!お前も並べ!!!そして俺がお前を潰す!」
渡貫が萌志を見つけて叫び、クイっと顎で列を示す。
デカいし目立つからすぐ見つかるんだろう。
萌志は「げえっ」って顔をして苦笑いを俺に向けた。
どうするんだろう。
萌志はバスケもできるんだろうか。
渡貫と萌志を見比べる。
ギャラリーも同じようにきょろきょろしている。
中には、「いけ、御波!」だの「やろーよ、萌志!」だのヤジを飛ばしてくる奴もいた。
先生も面白そうに見守っている。
「もー渡貫の奴、絶対言ってくると思ったわ。」
呆れたようにため息をついて、萌志は徐に着ていたカーディガンを脱いだ。
観客が湧く。
渡貫を含め、バスケ部員も拍手して萌志を手招く。
呆気に取られている俺を萌志が振り返った。
「ちょっと行ってくるね。ちゃんと見ててよ。」
俺は頷きながら萌志のカーディガンを受け取り、手を振って歩き出す彼を見送った。
ぬくもりを残すそれを抱き締めれば、彼の香りを濃く放って軽く眩暈がする。
大会開始のブザーが鳴った。
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