60 / 138

60

次期部長候補の渡貫と弓道部の萌志のフリースロー。 皆が固唾を呑んで見守る中、残るは萌志の1球。 先攻の渡貫は当然のことながら、すべてを成功させていた。 すべてがスローモーションに見えた。 小さくジャンプする萌志。 身体がしなやかに伸びる。 長い指からボールが離れた。 ゴールへと吸い込まれていく球体。 乾いた音を立ててそれは―――――……入った。 結果は引き分け。 歓声が混じったどよめきと大きな拍手が響いた。 女子の黄色い声、男子の雄叫び。 俺は端っこで見つめていた。 渡貫と肩を組んで嬉しそうな表情の萌志。 きらきら。 それを見逃したくなくて、眼鏡をはずす。 髪の毛が少し、額に落ちた。 萌志がきょろきょろと群衆を見回している。 そしてその目は俺を捉えた。 目じりが下がって俺の大好きな顔をしてくれる。 ずるい奴。 人の気も知らないで、どんどん好きにさせてくる。 萌志の顔を見るたびに幸せで、そして切なくなる。 萌志の腕に触る女子を見ては、嫉妬と純粋な羨ましさが胸の中をうずめく。 女なら普通に萌志に恋をしたって、キスをしたって、それ以上のことだって。 周りは「当たり前」と判断して許す。 じゃあ男の俺は? (俺が萌志に恋をするのは、キスをするのは、……) そこまで考えて、固まった。 見ず知らずの男にレイプされて、こんなになったにも拘らず。 萌志に触られたいって、俺……。 (……きっしょ。) 馬鹿じゃないの、俺。 どんなに見た目を変えたって、萌志には遠いだろ。 たとえ女子より気持ちが強くとも、手は届かない。 いい加減、目を覚ませよ。 錆びついた顔面にぎこちない苦笑いが浮かぶ。 胸元に抱く彼のカーディガンを握りしめた。 * この薄暗い気持ちを悟られないように。 せっかくの文化祭が台無しになるのは嫌だ。 ただ純粋にこの時間を楽しもう。 そう思ってはいるんだけど。 「さっきのフリースロー見ました!」 「背、高いですねっ!何センチですか?」 きゃいきゃいと騒ぐ女子たちに囲まれる萌志。 (くそ。ここでもか。) 体育館を出て、暫くすればすぐ人に話しかけられる萌志。 女子にも、男子にも、そして先生にも。 俺はだんだん精神的にも疲れてきていた。 嫉妬疲れってやつだ。 萌志も「わぁ~ありがとう~」とにこにこしているからさらに落ち込んでくる。 俺、まだ萌志に「かっこよかった」って言ってない。 俺だって言いたい。 あの女子の輪に割りこんで、萌志の腕を掴んで走り出すイメージを繰り返しているけど 少し離れた壁にもたれたまま動けていない。 集団から目を離して、スマホを取り出す。 人がいないとこに行きたい。 そもそも人込みは苦手なのだ。 他人と接触する機会が増える。 今日はもうずっとなるべく人に当たらないように周囲に意識を向けていた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!