『屋上、行っとく。ひと段落したら連絡して。』 萌志にメッセージを送って、歩き出した。 あ―――……疲れる。 のろのろと歩き出すその足は重い。 歩き疲れてるのも、多少なりとあるんだろう。 こんな人が多いところを歩き回るなんて本来ならまっぴらごめんだ。 4階は1年生の教室しかなくて、そこで行っているのは展示だから人は少なかった。 疎らに保護者がいるくらい。 学生はみんな模擬店やらに行くからな。 過疎った廊下を一瞥して、階段を上がる。 ありがたいことに屋上はまだカップルの浸食を受けていなかった。 いちゃつかれて入れなかったらどうしようかと思った。 大きく伸びをして金網にもたれるように座る。 (煙草、煙草………あ。) ぽふぽふとポケットを叩いていた手を止める。 ………そうだ。置いてきたんだった。 脱力してずるずるとそのまま倒れこむ。 今朝はもう真面目になりきることしか考えてなくて、不良要素は徹底的に取り除いてきた。 ベッドに投げてきた小さい箱とライターを思い浮かべる。 (愛しのパーラメント……今こそお前が必要なのに…) 眼鏡をはずして前髪を下ろす。 少し肌寒いけど日光が当たってしまえば気持ちがいい。 顔に当たる光が眩しくて目を閉じる。 投げ出した四肢もじんわりと温かくなってきた。 微かに聞こえる来場者の声。 あと2時間くらいで一般者は帰る。 そして、夕星祭は後夜祭に入るのだ。 俺は初めてだからどんなのか全然想像がつかない。 でも萌志は本当にただのお祭り騒ぎだよと言っていた。 ぼんやりと日向ぼっこを楽しんでいると、屋上の扉が勢い良く開く。 慌てて身を起こす。 「暁、ごめん！遅くなった。」 連絡してって言ったのに。 萌志は屋上に来てしまった。 ふわふわと髪を揺らしながら、眩しさに目を細めている。 初めて会った時を何となく思い出した。 「日向ぼっこ、好きでしょ。あの時もそうだったよね。」 笑いながら俺の横に腰を下ろす。 萌志も同じことを思ったんだろう。 少しだけ嬉しかった。 「ぁ―――――疲れた。」と俺と同じように寝そべりながら萌志は呻く。 それを視界の端でとらえる。 髪の毛に反射した細かな星屑が瞬いた。 何となくそれを見逃したくなくて凝視する。 無意識に手を伸ばす。 風に遊ばれるそれを捉えると、萌志が此方を向く。 「……なーに。なんかついてた？」 ううんと首を振って手を離した。 柔らかな感触が指先に残っていて、思わず両手を腹の上で組む。 視線を俺に向けたまま萌志がぽつりとつぶやいた。 「……俺、どーだった？フリースロー。」 ゆるりと顔の向きを変えて萌志を見る。 視線が絡む。 眼鏡、かけておけばよかったなぁなんて考えながら口を動かす。 『かっこよかった』 すると萌志は徐に俺の唇にその長い指をあてる。 ビクリと身体が強張る。 「……ね、もう1回。お願い、もう1回言ってよ暁。」 眩しげに笑う萌志から目を離せない。 俺はそのまま口をゆっくり動かした。 吐息が萌志の指にかかる。 萌志は目を閉じて、俺の唇を指でたどる。 聞こえるんじゃないかと思うくらい胸が高鳴った。 「……うん。ありがとう。」 目を開けた萌志は微笑む。 そして、とんとんと軽く唇を叩いて、 「いつか、"音"で聞かせてね。」 そう言って、また笑って目を閉じた。