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62 珠玉ーしゅぎょくー

後夜祭。 夕方の空には薄っすらと月が浮かんでいて、その近くには一番星が輝いている。 運動場には続々と生徒が集まり始めていた。 どこか落ち着かないその表情は、きっとこの後のフォークダンスのことが気になっているからだろう。 各々で友だち、恋人、もしくは勇気を出して片想いの相手を誘う。 (片想いの、相手……。) ちらりと後ろにいる暁を窺う。 緊張した面持ちの彼は俺の視線に気づかない。 というか、俺に誘われても「は?」ってなるよなぁ。 いや。 ノリで誘えばいけるかな。 烏丸と渡貫を誘うみたいに、「踊ろ!」って軽く誘えばいいんだ。 変に意識するから訝しがられるんだ。 そうそう。 かるーいノリで。 自分に言い聞かせてうんうんと頷く。 その時、 「よ。萌志。」 どこからともなく現れた烏丸が俺の隣に並ぶ。 その背中にはギターが背負われている。 そして烏丸は暁を振り返った。 「よ、こんばんは。鳥羽くん。」 暁はぎょっとした表情をしたあと、気まずそうに視線を逸らした。 どうやら身バレしたのが恥ずかしかったらしい。 気づいたのは烏丸が初めてだったのだろう。 すっと俺の方に隠れるように身を寄せるところがかわいい。 まぁ、でも夕星祭が始まる前に俺は烏丸に、暁と一緒に回ることを言ってたんだけどね。 「こら、烏丸。……てか。あれ、ステージあるんじゃなかったっけ。」 「あるよ。あるけど、まぁ。……冷やかしに。」 最後の一言は俺の肩に手を置いて耳元で囁く。 俺は耳が弱いから身をすくませて、烏丸の肩を押す。 「もー!そういうの良いから、早くいけよな!」 けらけらと笑いながら烏丸がよろける。 恥ずかしい。 俺が暁を好きと言ってから、こっそりからかってくることが増えた。 そういえば、こいつが好きなやつって誰なんだろう。 烏丸は肩を揺らしながら、ちらりと暁を見る。 「じゃーな。」と、ひらひら手を振って歩いていく彼を見送って、暁を振り返った。 (あれ、なんか変な顔してる……?) 「暁?どうしたの?」 ハッとした表情をして暁は何でもないと首を振る。 変なの。 彼はなぜか歩いていく烏丸の後姿をじっと見つめていた。 * 陽気な音楽で緊張していたみんなの気分が解されてきた頃。 結局俺は、友だちの何人かとふざけて踊った。 暁も来る?と軽く誘ったけど、断られてしまった。 残念だけど仕方がない。 暁は騒々しいのが苦手だろうから、組体操の集団から離れたところで男子生徒の中に紛れる。 女の子に捕まったら100%暁はどこかにふらりと消えるから。 見失わないように彼を俺の前に立たせる。 オレンジの炎が彼の黒髪を照らす。 相変わらず表情は読めない。 ぼんやりしているのか、それともつまらなかったのか…。 少し寂しい気分が胸中に溜まる。 ねぇ、暁。 今日、どーだった? いっぱいいろんなところ回ったけど、楽しかった? 初めての文化祭、俺とでよかった? いろんな問いが浮かんでは消える。 その背中に切なく視線を投げかけてみたが、届くわけもなく。 小さく溜息をついた。 そこで、見つめていた暁がふるっと身を縮こませたのに気づく。 9月下旬の夜、今日は特に寒くもなく暑くもない。 俺なんかフリースローの後からはカーディガンを着ていない。 痩せてるからかな? 暁には寒いんだろうか。 とんとんと肩を叩いて 「寒いの?」 そう尋ねれば暁はゆるゆると首を振る。 目線は微妙に合わない。 うーん。 いまいち反応が薄いんだよな……。 どうしたものやら。 (あ、あそこがあるじゃん。) そこで俺はいいことを思いつく。 にっこり笑って暁の腕をゆるりと掴んだ。 「暁、おいで。おしゃべりしにいこ。」 暁は「?」を浮かべ、こてんと首を傾げた。

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