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後夜祭の前、烏丸と萌志の自然な距離に嫉妬した。 あれが普通の「友だち」の距離だ。 俺はあんな風に気軽に萌志の耳元に口なんか近づけられない。 ちらりと俺を振り返ったあいつの顔。 なんだ、あれ。 お前ごときが萌志と仲良くなれると思うな、ってことか? 唯一見えている彼の目はぼんやりと俺を見たようで、鋭かった。 確かに俺は友達以上の感情を萌志にもっているけど 全く関わりのない第三者のあいつが俺の感情に気づいているとは思えない。 俺が似たようなことをしたら萌志はどうするかな。 彼と同じように小突くんだろうか。 「やめろよー」って。 そんな出来心から組んでいた腕を解く。 ぼんやりと床を見つめる萌志にそっとにじり寄る。 そして、その耳元で息を拭いてみた。 「んっ…?!」 萌志はびくりと体を強張らせたかと思うと、耳元を抑えて俺を見る。 あ。やっぱり弱いんだな。 顔を赤らめて俺を見つめる萌志にちょっとした悪戯心が生まれる。 もっとやったら怒るかな。 でも余裕のない萌志なんて滅多に見られないしな。 耳を抑えるその手をぎゅっと掴む。 「え…ちょ、い、悪戯が過ぎませんか、暁さん…。」 珍しくたじろいだ表情が面白い。 前に気づいたけど、萌志は結構耳が弱い。 がっちり手首を固定して、また同じことをしてみたら 萌志は首をすくめて俺を避けようとする。 それを追いかけて息を吹きかけると、徐々に萌志が笑いを漏らし始める。 けらけらと子供みたいに笑い転げるから、いつの間にか俺が萌志の上にいる状態になっていた。 「ちょ、もぉ、無理!ギブギブ!!あははは!」 ぶんぶん顔を振るから、前髪が完全に分かれておでこが出てる。 眉毛が出ることで若干幼くなる顔がかわいい。 ヒーヒー言って笑う萌志を見て「してやったり」という気分になった。 その時、 「すきありー」 萌志に今度は俺が腕を掴まれて、視界が反転した。 コロンと転がされた俺を萌志がにやりと見下ろす。 俺の上に萌志。 月光が彼の体で遮られて、俺に影が落ちた。 ……………しまった。 この体制は個人的にかなりまずい。

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