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65 常闇-とこやみー
今度は俺がやられる側になってしまった。
こんなことになるとは想定外。
ちょっとからかってやろうと思ったのが間違いだった。
ふふんと笑った萌志はそのまま俺の脇腹を擽り始める。
(?!ちょ、そこはだめ、だろ……!)
腹に力が入る。
萌志の手を止めようと身を捩って抵抗するけどうまくいかない。
わはは、仕返しだ~と萌志は執拗に俺の脇腹を攻める。
触れられた部分からゾクゾク、と痺れに似た何かが駆け巡って。
声が出ない分、一気に息が上がっていく。
暴れるせいでシャツが捲れて、外気に触れた肌が竦む。
(あ……やば……ぃ。)
萌志の腕を掴む指先から力が抜けた。
ずるずると腕をなぞるようにして床に落ちる。
息を吸いたいのにうまく吸えなくて、必死に空気を貪ろうと身体が反る。
ヒクついた喉から掠れた空気音が漏れた。
視界が生理的な涙で濡れていく。
「………あ。」
萌志が俺の様子に気が付いて手を止める。
「あ―――――……ごめん。暁、ほら、ちゃんと息吸って。」
あやすように背中を撫でられて、必死に深呼吸を繰り返す。
腹筋が痙攣したように震えた。
顔が紅潮して熱い。
酸欠でくらくらした頭。
脱力した身体。
軽く咳込みながら、萌志を見上げた。
「…………。」
……?
背中を撫でていた萌志の手が止まる。
涙で霞んで、いまいち表情が読めない。
その時、顔にかかる影が濃さを増した。
(え。)
身をかがめた萌志。
やんわりと俺の頬を撫でる。
顔にかかっていた髪の毛が滑り落ちた。
どことなく緊張感の漂う空気に戸惑う。
吐息を感じるその距離。
彼の髪から漂う、甘い匂い。
その瞳は、見たことがあった。
(矢を射た時と同じ……。)
心拍数が上がってきた。
治まりかけていた呼吸も乱れ始める。
この目、違う。
いつものじゃない。
なんで。
目を逸らしたいのに逸らせない。
違う。
知らない。
怖い。
――――――――――――怖い。
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