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ペチッと言う音と共に額に軽い衝撃が走る。 それがデコピンだと理解するのに数秒かかった。 (な、なん…っ) 額を抑えてぽかんとしていると、萌志が俺の上からゆっくり身を起こす。 「はいはい。こういうことになるから、容易に俺の耳に悪戯しないよーに。」 「わかった?」と俺を見下ろす萌志はいつも通りに戻っていた。 ただ小さく頷くことしかできない。 何だったんだ、今の。 (射られるかと思った……。) あの視線に。 食い殺されるかと思った。 あの何とも言えないあの競り上がるような感覚は、まだ体に残っている。 バクバクいっている心臓を抑えた。 萌志を窺うと、何事もなかったかのようにスマホをいじっている。 その表情からは何も読み取れない。 とりあえず、もう萌志にちょっかいをかけるのはやめておこう。 ふるりと身震いが起こる。 下唇を噛んでうつむいた。 烏丸と俺とじゃ全然萌志の態度が違う。 だって、あいつにはもっとこう、フラットな感じで。 でも俺には萌志はいつだって優しい。 気を使っているのかな。 いつもの2人の様子を思い浮かべて、烏丸の位置と俺とを置き換えてみる。 ……いや、どこの俺だよ。 思い浮かべた瞬間に愕然としてしまった。 そもそもあんな風に会話ができないじゃないか。 連絡先を交換したといえど、会話が圧倒的に足りていない。 当たり前のように萌志と言葉を交わせる彼とはまず次元が違うんだ。 あ――――はっず。 俺がやったらどういう反応が返ってくるかとか、そんなんちょっと想像力を働かせれば容易に分かることだったのに。 自己嫌悪に叫びたくなる。 声なんか出ないけど。 萌志がしゃべらないから、俺たちの間にはどことなく気まずい空気が流れる。 とりあえず、調子に乗ってしまったことを謝ろう。 『ごめん。』 萌志が俺を見る。 そして首を振りながら、 「何で暁が謝るの?」 『俺が調子に乗ったから、怒ったんだろ?』 「え?!怒ってないよ!」 ぎょっとした表情をしたかと思えば、全力の否定をする萌志。 あれは怒った顔じゃないのか…。 じゃあ、何? 調子乗りやがって、こうしてやる!って顔じゃないなら何だったんだ。 『さっきの間は何?俺なんかした?』 萌志はそのメッセージを見るとぴたりと固まった。 そして無言でずるずる倒れた。 え。何。 聞いちゃいけなかったのか。 「……なんでもないよ。何もなかったよ。」 ぽつりと溢したその言葉には力がない 嘘つけ。 何もないわけがない。 何かを隠そうとする萌志に不満が沸き上がる。 でも、そっと覗き込んだ萌志の顔を見て何も言えなくなった。 罪悪感?嫌悪? 後ろめたそうな……。 とにかくなんだか微妙な顔をしている。 (なんで、そんな顔してんだよ……。) そんな問いすら躊躇してしまう。 きっと聞いても萌志は答えてくれないんだ。 それに文字を打つには時間がかかる。 俺たちの「会話」はキャッチボールじゃない。 いつも萌志が子供に投げるようなボールを投げてくれて、それをワンバンさせて俺がとる。 いつか音で聞かせてねって萌志は言った。 でもそれっていつなんだろう。 このままずっと声が出なかったらどうしよう。 いつか必ず萌志との別れは来るのに。 しかもそれは数年後とかじゃない。 高校を卒業するまであと1年ちょっと。 小学校のころから声が出てないのに。 その間に俺はしゃべることができるようになるのか? 不安が。 恐怖が。 絶望が。 心に降り積もっていく。 萌志が連れ出してくれた日向にじわりと闇が滲んだ。

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