67 / 138

67 麻酔ーますいー

全面的に俺が悪いことは分かっている。 分かっているけど。 「あの顔はだめでしょ……。」 ため息をついて机に突っ伏せば、目の前の烏丸がズゴゴと音を立てながらバニラシェイクを吸い上げる。 ちなみにマスクをしたまま。 下からストローを突っ込んで飲んでる。 そんなことしたら逆に目立つと俺は思うんだけど。 いや、今はそれどころじゃない。 「後夜祭ほっぽり出して、2人で抜けたと思ったら。もう押し倒したんかい。」 「違う。押し倒してない。」 「結果的にはあんま変わんねーだろ。」 「うぅ……。」 文化祭明けの代休。 一晩、悩みに悩んだ俺は烏丸に助けを求めたのだ。 昼ごはんとデザートを奢ってくれるなら、と烏丸は応じてくれたんだけど……。 比較的安いファーストフードとは言え、男子高校生の食べる量は違う。 シェイクの容器を置いた烏丸が満足げに溜息をつく。 「でも何もしなかったんでしょ?」 「……だってあからさまに怯えるから……。」 「あ。ビビられたんだ。なるほど、どんまい。」 「感情が!!全然!!こもってない!!!」 俺は泣きつく相手を間違えたんだろうか。 いや、でも知ってるのは烏丸と双子のみ。 さすがに身内にこんな恥さらせない。 残るはこの、メニュー表を真剣に眺めているマスク野郎。 「それで?鳥羽くんはそのあとなんて?」 「さっきの間は何?怒ったのか?って…。」 「へー!自分が男に欲情されたのに気づかないんだ!」 「ちょ、ばっか、声でけーんだよ!」 烏丸はメニュー表から顔を上げて、思案顔を浮かべる。 「気づかれてないんだったら、まぁ、セーフじゃん。なのに何でお前そんなに悩んでんの?」 「…………いや、その。」 「……あ!!!わかったかも。え、もしかして……」 「待って、言わないでください。」 「お前、鳥羽で抜い…」 「ぁ――――――ばかばかばかばか!!!!!」 隣を通り過ぎたJKがビクッと身をすくませてこっちを見たから、慌ててボリュームを下げる。 だって不可抗力だもん。 そりゃ、好きって気持ちと下半身が直結すんのは個人的にはいかがなものかなって思うけど。 だって、だって…… 「えっちだったんだよ……!!!」 「あ――――はいはいはい。」 適当に聞き流す烏丸の声すらもう俺の耳には届かない。 「もう嫌だ……やめようやめようって思っても、止まってくれない。 俺がこんなんだって知られたら、暁に嫌われる。 それだけは嫌なのに、でもこれ以上近づいたらもうだめじゃん。」 「……ま、そんなもんでしょ。片想いなんて。気持ちより先に体が動くなんてあるあるじゃん。」 「か、烏丸……!」 「まぁ、俺はそんなのないけど。」 ……。 こいつは好きな奴いるはずなのに、いつも冷静だよな。 もしかして学校の奴じゃないのかな。 「なんで、烏丸はそんなに落ち着いていられるんだよ。」 「俺は……あ―――……結構拗らせてるから。」 「拗らせてる?」 「片想いを拗らせてんだよ。もう年単位であいつのこと好きだけど。 報われることなんかないって、諦めてる。 でも、恋するのはやめられないから。」 窓の外を見つめる烏丸の目が寂し気にゆがんだ。 誰が好きなのか、なんて聞けない。 烏丸はきっと俺の今の悩みのレベルなんてとうに越しているんだろう。 ふ、と俺に視線を戻した烏丸は気まずそうに咳払いをした。 「……まぁ俺のことはどーでもいいんだよ。それよりお前だよ。」 「あ……うん…。」 「そんな顔すんなって。…で、話し戻すけど。 そういう風に体が反応するのは別に悪いことじゃないって。」 「でもさ、勝手に発情してる俺がもう恥ずかしいやら、情けないやらで…。」 向かいに座った烏丸は愚痴る俺を励ますようにテーブルを軽くたたいた。 「ほらほら、元気出せよ。ん?どーよ、ストレス発散にカラオケでも行くか??」 「お前に奢ったせいで財布すっからかんなんだよ……。」 机に置いた財布をトントンとつつく。 すると原因である本人はポケットに入れていた自身の財布から1枚の紙きれを取り出す。 「カラオケ常連の俺様はここに1時間無料券を持っている。 そしてこのカラオケは今の時間帯、ドリンクも半額です。 ドリンク代は俺が出します。どうしますか、御波くん。」 「いきます。」 即答した俺に烏丸がニヤリと笑う。 マスクで見えないけど多分笑った。 かくして、俺たちはお悩み相談会の会場をカラオケに変更したのである。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!