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「日下部 愛生(くさかべ あおい)です。よろしくお願いします。」
そう言って教卓の横で微笑む女子生徒。
季節外れの転校生。
華奢な体躯と鈴の音のような声。
フワフワとまかれた黒髪。
ぱっちりした大きな目。
男子生徒がおぉ~と色めき立つ。
「えーと…日下部は急な親御さんの転勤でこの学校にはいることになりました、と。
体育祭直前だけど、みんないろいろ教えてやってくれ。」
男子たちがひと際大きな声で返事をする。
深山の言葉をぼんやりと聞き流しながら俺はその転校生を一瞥した。
ふと転校生と視線が合う。
彼女の顔色が何となく変化したのを俺は見逃さなかった。
(……?)
ざわりと胸騒ぎがする。
……なんだ、これ。
嫌な緊張。
ぎゅっと拳を机の上で握る。
そいつはすぐ俺から視線を逸らしたけど。
ドッドッと俺の全身が脈打つ。
その十数分後。
嫌な予感は的中した。
*
「鳥羽くん、だよね。」
SHRが終わって、俺が教室を出ようとしたその時だった。
教室がざわりとどよめく。
俺たちに集まる何人もの視線。
でもうざったい視線も気にならないくらい、背筋に悪寒が走る。
にこやかに俺を見上げるそいつ。
俺はその場に凍り付いた。
(なんで……。)
口の中が乾いてパサつく。
身体の動きが止まって、ぼんやりと視線をそいつに移した。
全く知らない奴のはずなのに、なんで俺のこと。
「あれ?鳥羽暁くんでしょ?覚えてないかな。」
次の一言に思わずヒュク…と喉が鳴った。
「あたし、同じ小学校だったんだけど。」
(…………嘘、だ。)
悪夢の光景が走馬灯のように駆け抜ける。
なんで。
なんでなんでなんで。
同じ小学校だった奴が。
何でここに。
俺のこと覚えて……?
あのことも知ってるのか。
よろりと後ずさる。
そんな俺の様子なんか気づかないかのようにそいつは言葉をつづける。
「クラス違ったからかな?あたし、…くみで、とばくん……ったから…それで…」
ブツブツと途切れるように彼女の声が耳に届く。
嫌だ。
ゆっくり首を振る。
頭が痛い。
凍り付いた足元から、黒い手が這い上がってくる。
いるはずのない犯人。
でも、俺の耳にはもうあの喘ぎ声しか聞こえない。
怖い。
クラスメイトの視線がささる。
見るな。俺を見るな。
頼むから。
誰も俺を見ないでくれ。
助けて、誰か。
助けて。
(き、ざし……)
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