74 / 138
74 紅蓮ーぐれんー
久しぶりの屋上。
様子がおかしい暁を連れ出してきたけど。
触ろうとすればかわされて、話しかけてもその目はどこか虚ろだ。
俯いた暁の黒髪を風が揺らす。
その隙間から見える、彼の表情は依然として暗いまま。
どうもあの転校生に話しかけられてから様子がおかしい。
触れるな、近寄るな。
そんなオーラが彼の全身から漂ってくる。
1年生の時。
入学早々ひと際目を引いていた、お互い何の接点もなかったあの時みたいだ。
少し離れて、フェンスに寄り掛かる。
微動だにせず、一点をぼんやり見つめる暁。
たぶん、というか絶対。
トラウマが関係しているんだと思う。
転校生。小学校。トラウマ。失声症。
そして、暁。
「暁。」
名前を呼ぶ。
地面を見つめていた視線が俺を向く。
その目が俺を映した瞬間、揺らめく。
薄っすらと膜が張った。
(あ……泣きそう。)
置いてけぼりを食らった子供みたいな顔。
不安げで、戸惑った表情。
涙は零れないけど、切れ長の目元が赤く染まる。
俺がフェンスから離れて近づくと、暁はそれを制すようにかぶりを振って後ずさった。
近寄るな、と全身が叫ぶ。
でも、なんで?
「大丈夫。何もしないよ、しないから。」
それでも暁は俺と一定の距離を取ろうとする。
いきなりどうしたんだろう。
何か言ってくれないと俺もどうすればいいか分かんない。
それを聞きたいのに、ただ首を振って俺を遠ざけようとする。
無理やり距離を詰めたらどうなるかな。
もう少しで始業のチャイムが鳴るけど、この状態の暁を置いて授業に出れない。
声をかけながら少しずつ暁との距離を詰めていく。
近寄ってみると、強張った暁の体が小刻みに震えているのが分かった。
ハッとしてその顔を見る。
下を向いた彼の顔に浮かんでるのは、明らかに恐怖だった。
なんで?
分からない。
暁が俺を怖がっているのか?
俺なんかしたっけ?
こんなこと今までなかったのに。
俺が近づいて暁がとる行動といえば、照れたように眉間にしわを寄せるだけだ。
抵抗はありつつも、なんやかんや自分から触れてくれることもあったのに。
それがいきなり。
何でこんなに拒否をするんだろう。
だんだん俺も混乱してくる。
「ねぇ……っ、なんか言ってくれねーと…
首振るだけじゃ俺、分かんねーよ……。」
何かを訴える目つきは、混乱を募らせていく。
わかんない。
言葉がないと。
必死にその意図を読み取ろうと、思わず手首をつかんでしまった。
びくりと電流が走ったように暁が身を震わせた。
暁の喉がヒュク…と音を立てた。
あ、しまった。
そう思った時、鈍い音がして横っ面に衝撃が走る。
思いっきり横を向いた顔。
一瞬の間をおいて、ジワリと口元が熱くなる。
暁を呆然と見れば、その顔は蒼白になっていて。
それとは対照的に、口に触れた俺の指先は
深紅に染まっていた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!