「失礼、しました……。」 心配そうな保険医の視線を背中に扉を閉める。 口元に貼られた絆創膏が突っ張ってうまくしゃべれない。 傷を隠すためにマスクを1枚もらった。 でもそんなことは本当にどうでもいい。 『大嫌いだ』 その言葉が刺さった胸の方が痛い。 いつ暁が立ち去ったのかも、どのタイミングで俺が屋上を後にしたのかも分からないくらい混乱していた。 え。やばい。 泣きそう。 暁に嫌われた。 無理に迫ったりしたから。 泣かせてしまった。 俺が。 「……うわ、死にてぇ―……。」 教室に戻る気なんてもはや1ミリも起こらない。 というか、もうこのまま帰ってしまいたい。 ため息が、ついてもついても、きりがなく漏れてくる。 あ、駄目だ。 辛すぎる。 静まり返った階段で思わず座り込む。 力が抜けて壁にずるずるともたれかかった。 あんなこと聞くんじゃなかった。 嫌いになった？とか言うんじゃなかった。 無理して迫るんじゃなかった。 馬鹿な俺。 時間を巻き戻して、思いっきり殴りたい。 脱力して、宙を見つめているとスマホの通知音が鳴った。 何を期待しているのか、慌ててポケットから取り出す。 「……あ。」 烏丸と渡貫からだ。 渡貫からは『告白か？』と来ていたけど、ため息をついてメッセも開かずスルーする。 冗談だろうけど今の俺にはかなりきつい。 のろのろと今度は烏丸の方に目を通す。 『なんかあった？』 ええ、もう盛大にやらかした。 ラグナロクが訪れてしまった。 今日までの記憶を失いたい。 何もかも忘れてしまいたい。 『やらかした』 とだけ返すと、数秒後に 『次の授業サボる。屋上前集合。』 ２時間連続のサボりが決定してしまった。 ＊ 「え、なんでマスクしてんの。俺の真似？」 屋上前の踊り場で、烏丸は開口一番にそう言う。 でかでかと貼られた絆創膏を見られるわけにもいかないと思ったんだけど。 やっぱり目立ってしまうらしい。 おとなしくマスクを取り去る。 すると烏丸の顔がみるみる険しくなった。 「は？何その傷。」 「うん…。」 「いや、うんじゃなくて。……あ！まさかそれ、あいつにやられたのかよ！」 憤怒の表情で踵を返してどこかへ向かおうとする烏丸を慌てて止める。 「待って。違うんだよ……俺が悪いだけだから…。」 「わりーけど、ぜんっぜん説得力ねーから。」 力なくつかんだ烏丸の腕から手を放す。 ううん、本当に。 きっと俺が追い詰めたんだ。 よろよろと座り込む。 そんな俺を見て烏丸もため息をついて、屋上の扉にもたれかかった。 「で。何がどうなってそうなったの。」 正直話すのにもかなり気力を使うんだけど。 あの情景を思い出すだけでも、叫んでのたうち回りたい。 膝の上に組んだ腕に顔を伏せたまま、ぽつりぽつりと一部始終を話した。 もちろん、暁が失声症なのは伏せたけど。 様子がおかしくて、嫌がっているのに無理に触れてしまったこと。 振り払った彼の手が口に当たってしまったこと。 追い詰めて泣かせてしまったこと。 嫌いになったか、と聞いたら『大嫌いだ』と言われてしまったこと。 話し終わってから、少しだけ泣きそうになる。 鼻を啜って、ため息をついた。 「なんで様子がおかしかったの？」 一部始終を黙って聞いていた烏丸が沈黙を破る。 「それを聞き出そうとしたんだよ。転校生に話しかけられてから様子がおかしくて……。」 「ん――――――。俺にはただ真顔で見つめているだけに見えたけど。 あ、でも。あの鳥羽が無視をしないなんて珍しいか。」 烏丸が納得、という風に手を叩く。 「でもなー、鳥羽が萌志を嫌いとは思えねーな。」 「何言ってんの。大嫌いって言われたのに。」 自分で言ってまた落ち込む。 暁が俺に大嫌いって。 俺、暁に嫌いって言われたんだ。 好きなやつに嫌われたんだ。 熱くなる目頭を親指で抑えて唸る。 少し声が震えた。 烏丸がポンポンと俺の頭を撫でる。 それが余計虚しかった。