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78 紺青ーこんじょうー
『大嫌いだ』
なんて、どうして言ってしまったんだろう。
あれから、萌志との繋がりは切れた。
そっと盗み見ては、目が合いそうになったら逸らす。
萌志の笑顔が見れない。
声が聴けない。
もう、何日名前を呼んでもらっていないんだろう。
後悔したって何もかも遅い。
それに、こうしなくちゃ萌志に何もかも知られてしまったんだ。
嫌われる前に突き放した。
狡いのは解っている。
でもどうしても怖かった。
これも、言い訳になるんだろうか。
「……おい。」
俯いて視界に影がかかる。
聞き覚えのある声に、視線を上げれば鋭い視線が刺さった。
「ちょっと話あんだけど。」
烏丸が靴箱の前で、道を塞ぐように立っていた。
逆光で影がかかっているのに、その双眸が爛々と光っている。
烏というよりも鷹っぽいな。
なんてぼんやり考えながら、彼を見つめる。
黙って立ち止まる俺を、肯定ととらえたのか烏丸が近づいてきた。
「結論から言うんだけど、」
殆ど変わらない高さの視線がぶつかる。
射るようなその眼力に思わず目を逸らした。
「鳥羽って萌志のこと、大嫌いどころか大好きだろ。」
………え。
パッと顔を上げると、「ほらな。」という風に彼は片眉を上げる。
「萌志を遠ざけておきながら、お前見すぎなんだよ。
何回も見つめちゃ、逸らしやがって。
萌志が悲しい顔するから、お前をシメてやろうと思ったのに。
同じ顔しやがって。ホント腹立つわ。」
同じ顔……?
首を傾げていると
わざとらしくため息をつきながら、烏丸は俺を指さす。
「いいか。萌志と関わりたくねーなら、とことん関わるな。
あんな視線なんて簡単に感じるんだよ。
お前が萌志とどうなりたいかとか知らねーけど、
萌志が結果傷つくなら、俺はお前を許さな———」
烏丸が言いかけている途中、慌ただしい足音と共に
「おい烏丸!お前、何やってんだよ!」
息を切らした萌志が現れる。
グイ、と俺たちの間に入った萌志は、俺とは目を合わせずに烏丸の腕を掴む。
それをぼんやりと見つめた。
久々に間近で聞いたその声に胸が高鳴ったのも束の間、あっという間に薄暗い気持ちになる。
「何って、おしゃべりだよ。」
シラっと烏丸が答える。
萌志は大きく首を振って、烏丸の腕を引っ張った。
視界が開けていく。
夕日でオレンジ色に染まった、校門が目に映った。
ふわりと彼の匂いが鼻先を掠める。
切なさに鼻の奥がツンといたんだ。
そして通り過ぎざま、
「ごめん。」
と、つぶやくような声が耳に届く。
ぎゅう、と胸に痛みが走った。
2人が切った空気が揺れて、微かな風が顔にかかる。
立ちすくんだまま、足元を見つめて唇をかみしめる。
遠くなっていく2人の足音。
「俺はまだ話は終わってない。」「いいから、来いよ!」という会話が聞こえた。
でも廊下の角を曲がったのか、昇降口に静けさが戻ってくる。
でも、暫くそこから動けなかった。
滲みそうになる涙をこらえる。
大きく息を吐いて、上を向く。
当然の結果だった。
以前のように微笑まれることはない。
だって俺がそう仕向けたんだから。
泣きそうになるのはおかしい。
でも。
あのはにかみ笑顔ももう見ることはないのだろうと思うと、どうしても堪えられない。
記憶に残った欠片を必死にかき集めて、刹那的な幸せを呼び起こす。
でもそれはどんどんすり減って、そのうちぼやけていくんだろうか。
途方もない寂しさに溺れそうになる。
……大丈夫。まだ、記憶が褪せていないうちは。
早く元通りになってしまえ。
思い出に変わって、そこから思い出さなくなるまで。
強くなれる。
大丈夫。
何度も言い聞かせて、目を瞑る。
大丈夫、大丈夫。
(頑張れ、俺。)
いちいち自分を鼓舞してやんなきゃ、壊れてしまいそうなくらい。
萌志をなくした俺は脆かった。
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