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81 思色ーおもいいろー

萌志が放った矢は、吸い込まれるように的に中った。 その音は、残響を纏って耳に届く。 心地よいその音が胸を震わせた。 拍手と歓声に包まれながら、萌志たちが退場していく。 余韻に高まる心臓を抑えながら、ヘロヘロとしゃがみ込んだ。 あ、やば。 限界かもしれない。 深呼吸を何回か繰り返して、やっとの思いで立ち上がる。 でもこの状態で寮まで帰る自信がない。 (保健室……) あ、救護テントにみんな出払ってるか。 制服でグラウンドに行くわけにもいかないし……。 萌志の姿を見たかったとは言え、無理をしたのは解っている。 霞みがかっていく頭を振ってみる。 全く効果はなかったけど。 その時、 「え。お前何やってんの。」 聞き覚えのある声。 目を瞬かせながら、視線を上げると。 「うっわ。顔色悪すぎ。」 (烏丸……。) その手から、水が滴っているところを見るとおそらく手洗い場を使ったんだろう。 よりによってこいつに見つかるとか……。 近寄るな宣言されてるのに、こんな…超かっこ悪いところ見られて。 こいつは、ここに俺がいる理由をすでに察しているんだろう。 でも、無視して立ち去る体力はない。 烏丸から視線を外してフェンスにもたれかかる。 早く立ち去ってくんねーかな。 ついでにミヤセンを呼んでほしい。 でもこいつに声が出ないことは言うつもりないから、どうすることもできなさそうだ。 そんな俺の頭に烏丸のため息が落ちてくる。 「……わかったよ、呼んでくるからそこでじっとしてろよ。」 あれ、なんで通じたんだ。 でも助かった。 これで、ミヤセンに助けてもらえば何とかなりそうだ。 あいつにはだんまりが効くし。 というか、なんで俺がここにいるかとかいちいち詮索しないだろう。 何となくほっとして、フェンスにもたれかかったまま座り込む。 遠のく足音を聞きながら、目を閉じた。 次にぼやけた意識の中、感じたのは。 ふわりと浮く身体。 自分のじゃない心音。 心地よい温もりに包まれる。 間近で鼻をくすぐる優しい匂いに幸せな気分が広がる。 なんだか嬉しくて、そのぬくもりに頬を寄せた。 (あ―――……もう目なんか覚めなくていい……) 再び遠のく意識の中で、大好きな誰かに名前を呼ばれた気がした。

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