82 / 138
82
「萌志!!!」
後輩たちに写真をせがまれ、それに対応しているところに、烏丸がやってきた。
何だろう。
少し切羽詰まっている。
こっちに来てと手招きをされた。
スマホを翳す後輩たちに、ごめんね、呼ばれてるからと断って
烏丸のもとへ向かう。
「どーしたの?」
すると無言で手を差し出される。
見ると、その手に握られているのは1つの鍵。
「何それ。」
「保健室の鍵。」
「なんでそれをお前が持ってんの?」
「サボるために、スペア作った。」
こいつの行動にはたびたび驚かされるけど、ここまでとは。
呆気に取られて、鍵と烏丸を交互に見る。
ぽかんとしている俺に、烏丸がそれを無理やり握らせようとしてきた。
「え、なになになに。いらねーし!」
「いやちょっと、手洗い場の裏でさ、怪我した小鳥ちゃん見つけちゃって。」
「は?!え、うん?!」
「お前にそれを助けてやってほしくて。」
「え、ちょ、何それ。行くのはいいけど、何でお前が行かねーの?!」
「あ――――……、あ。俺、小鳥アレルギーだから。うん。」
いや、うん。じゃねーし。
絶対今考えただろ。
てか、小鳥アレルギーって何。
意味不明なことを言い出す、烏丸を反り気味で見つめる。
どこか苛立っている彼。
それを見て、何となく鍵を受け取ってしまった。
「おし、受け取ったな。じゃあ、行け。すぐ行け。マッハで行け。」
「も~、何なの~?!」
グイグイと背中を押され、しぶしぶ歩き出す。
「手洗い場裏だぞ!」
「分かったってば!」
何をそんなに必死に。
本当に小鳥いんのかな…。
いや、確かに怪我した動物見たらかわいそうだし、何とかしたくなる気持ちはわかるけど。
鍵を手の中で転がしながら、手洗い場に向かう。
人気のないそこ。
でも、その場所で見つけたのは
「え。」
ぽろりと鍵が手から落ちる。
ぐったりと目を瞑って、フェンスにもたれかかっているのは暁だった。
思わずぎくりと怯む。
でもその様子が、夏のあの日と重なる。
(烏丸が言ってた、小鳥ちゃんって暁かよ!)
慌てて鍵を拾い、フェンス越しで暁のそばにしゃがむ。
「あ、……暁……?」
久しぶりに本人に向かって呼ぶその名前。
でも反応がない。
俺たちを隔てる金網がもどかしい。
焦って、立ち上がる。
向こう側に行くには、一回グラウンドを出るしか……
いや、ちょっと高いけどよじ登ったほうが確実に早い。
遠回りしているうちに何かあったら嫌だし。
ちらりと後ろを振り返る。
誰もいないことを確認して、金網に手をかけた。
「っしょ!」
たん、と降り立った道路。
依然として目を開けない暁にそっと近づく。
触れてもいいのかな。
いや、でも。
大嫌いって……。
嫌いな相手にもう一度触られるとか、暁にとってかなりきついんじゃないのか。
そう思ってまた、胸が痛む。
ちらりと覗き込んだその顔は、青白い。
顔色が悪い……。
体調が悪かったんだろうか。
なら、何でここに……。
でも考えていても仕方ない。
烏丸の奴、あとで絶対シバく。
謝罪を繰り返しながら、その背中に手を添えて、膝裏にもう一方の腕を差し込む。
よいしょ、と持ち上げた身体は悲しくなるくらい軽かった。
こてんと、暁の頭が俺の胸にもたれる。
「……っ」
思わず見たその顔が、ふにゃりと笑った。
ギュンっと音を立てた心臓がその動きを加速させる。
この音で暁が目を覚ましたらどうしよう。
鎮まれ、鎮まれ。
とってもかわいいし、抱きしめたいけど。
俺は暁の大嫌いな男。
そうそう。
そんな俺の葛藤をよそに、今度は頬が擦り寄せられた。
都合のいい妄想をしそうになるけど、ぶんぶんと頭を振って邪念を追い払う。
(は―――――心頭滅却、心頭滅却。俺は何も見てない感じない。)
でも久しぶりに触れたそのぬくもりに、胸が切なく疼いた。
どうしてここにいるの。
そんなになるまで、何を見ていたの。
「暁。」
名前を呼んで、その体を抱えなおす。
頼りないその重みに、泣きたくなった。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!