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84 終焉ーしゅうえんー

萌志の手が俺に伸びる。 汚してしまう、そんな気持ちよりも 触れられたいという思いほうが強かった。 受け入れるように目を瞑る。 微かに震えた指先が俺の手に触れた。 小さく息を吸う音が聞こえて 「……俺は、暁が好———」 ガラッ その言葉の続きを聞く前に、徐に保健室の扉が開く。 振れていた指先がさっと退かれた。 瞑っていた目を開けて、扉の方へ視線を滑らせる。 そこにいたのは、 「あれ、御波くんと……鳥羽くん、何してるの?」 こてんと首を傾げた彼女。 ジャージから、さらりと流れた髪の毛。 『日下部』の刺繍がのぞく。 何なんだろう。 何でいつもこいつがかき乱しに来るんだろう。 何で。 こいつが邪魔で、邪魔で仕方がない。 細められた目に思わず視線を逸らした。 心臓にさっきとは違う緊張が走る。 「あれ、日下部さん。どうしたの?」 萌志が立ち上がる。 日下部は、俺から視線を外さずに口を開く。 「救護テントの消毒液が、思ったより消費多くて…取りに来たんだよ。」 じゃあ、早くとって出て行ってくれよ。 そういう視線を送ろうと顔を上げる。 目が合った。 彼女の唇が綺麗な弧を描く。 つややかな黒髪が、真っ白な肌が。 彼女の顔に半分入る影が。 悪魔に見えた。 嫌な汗が背中を滑り落ちる。 (あ……) グッと腕に力を入れ、立ち上がろうと膝を立てる。 そんな俺を嘲笑うかのように、彼女は無邪気な声で 「あ、あと、御波くん。」 「?何?」 やめろ。 ふるふると首を横に動かす俺を見ているはずなのに。 「鳥羽くんに触っちゃだめだよ。」 「え?」 彼女の肩で木漏れ日が揺れる。 やめてくれ。 震える足に力を入れて立ち上がった。 動くその口を塞ごうと彼女に手を伸ばす。 でも俺の手が届く前に。 お終いが俺を捕まえた。 「鳥羽くんは小学生の時に男の人に犯されちゃったせいで 声が出ないんだよ。」

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