86 / 138

86 暁光ーぎょうこうー

「御波くんも男じゃん。一緒じゃん。」 違う。 萌志はあいつとは違う。 首を振る俺に、彼女は自嘲気味な笑みを浮かべる。 「なんで言い切れるの?そんなに仲良かったの? 御波くんの本音ってどこまで聞いたことあるの? しゃべれない鳥羽くんと、彼はどれくらいの質のコミュニケーションが取れたわけ?」 質問を繰り返す彼女に苛立ちが募る。 お前に分かられてたまるか。 睨むように視線を合わせると、にっこり微笑まれる。 「見てこれ。」 掌まで伸ばされていたジャージの袖を、彼女は捲る。 そして俺に向けた、白い蝋みたいな手首。 そこには無数のリストカットの跡。 ぎょっと目を瞠る俺に、彼女はくすくすと笑う。 「あたし、義父にDV受けてたんだよね。 女だからって、容赦なく体も触られたの。 抵抗すれば殴られる。 あいつは今はもういないけど、それでも自分が気持ち悪くてずっと死にたい。 でも、死んだらあたしの負けみたいじゃん。 だから、こうやって自分傷つけて気を紛らせてんだけど…。 鳥羽くんは、そんな風にはならなかったみたいだね?」 その夥しい量の傷跡に、持っていた消毒液を彼女はかける。 伝った液体が俺の手の甲に落ちた。 「変われないよ、あたしたち。 心についた傷が癒えることなんてないもん。」 ね?と首を傾げる彼女。 その仕草に萌志を思い浮かべる。 違う。 (……傷が癒えないなんて、嘘だ。) だって、触れた。 好きになれた。 変わりたいって思えた。 結果が拒絶だったとしても、俺は変われた。 それは萌志がいたから。 逃げないって。 決めた。 萌志と出会ったこと、俺は後悔してない。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!