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考えれば考えるほど、ぐちゃぐちゃになって。 暁の顔を思い浮かべれば、また新しい涙が生まれる。 だんだん自分が何で泣いているのかも分からなくなってきた。 ただただ胸が痛い。 もう暁を友だちだと思っていたころの自分なんて忘れてしまった。 いっそ何もかも元に戻って、ただ彼を「どんな人なんだろう」と眺めていただけのあの頃の自分に帰れたら。 そんな絵空事を思いめぐらせた。 不意に、砂利を踏む足音が聞こえて、顔を上げる。 切れ長の目と視線がぶつかる。 ドキリと心臓に緊張が走った。 肩で息をした、暁。 乱れた髪の毛を手で直しながら、俺に向かって歩いてくる。 なんで。 駄目だ。 こっちに来ないでほしい。 素早く立ち上がって、暁を制すように手を翳す。 「……待って、止まって。こっちに…来ないで。」 俺の言葉に体を強張らせた暁は、足を止める。 こんな状態の俺を見られるなんて思わなかった。 鼻を啜って、顔を拭う。 濡れた睫毛が、冷たい。 暁の視線を感じるけど俺はとてもじゃないけど顔を上げられない。 暁からしたら、なんでこいつが泣いてんだって感じだろうけど。 俺だってこんなに自分が取り乱すなんて思わなかった。 堪えられるって。 暁の心傷に比べたら、こんなの何でもないって。 頭では分かっていたはずなのに、心は悲鳴を上げていた。 抑えてもその声は漏れ出してしまったんだ。 小さな音を立てて、スマホにメッセージが届く。 依然として暁を視界に入れないまま、スマホの画面を開いた。 『俺のこと気持ち悪くなった?』 「……なってないよ。」 なるわけがない。 だって気持ち悪いのは俺の方だもん。 また涙が滲みそうになる。 それを必死に力を入れて堪えた。 『そっちいってもいいか。』 「……駄目。」 『何で。』 「何でもだよ。」 『やっぱり俺のこと気持ち悪いんだろ。』 違う。 違うんだよ、暁。 気持ち悪くない。 本当だよ。 分かってよ。 「……違うってば。」 少しだけ語調が荒くなってしまう。 こんな風に感情をぶつけたいわけじゃないのに。 髪をかき乱しながら、溜息をつく。 もうぶちまけてしまおうか。 ちらりと暁を窺うと、目元が赤い。 泣かせてしまうかな。 この言葉を言ってしまったら。 裏切られたと、思われてしまうかな。 『何で、怒ってんだよ。』 暁に怒ってるわけじゃない。 これじゃ、暁に当たってるみたいだ。 首を振って、ごめんと言葉をこぼす。 もういいや。 顔を上げて、暁を見つめた。 何かを察したように、暁の表情がさらに硬くなる。 そんな彼に近づく。 スマホを握りしめて、不安そうに俺を見上げてくる。 その手を掴もうと、腕を上げて やめた。 「……さっきの話、俺、聞いても暁のこと気持ち悪いなんて思ってないよ。 悪いのは暁じゃないでしょ。 怒ってるのは、自分に対してだよ。 俺は、駄目なんだ。」 暁は首を傾げて俺の言葉の続きを待っている。 男の人に傷つけられた暁。 なのに、俺はそんな暁に触りたくなったんだ。 恋愛感情を持ってしまった。 欲情をした。 暁を襲った犯人みたいに。 「好きだよ、暁。 ……下心あったくせに、触ったり、してたんだ。 本当に、ごめん。」 暁の顔を見れない。 どんな顔をしているんだろう。 怖くて、下を向く。 「ごめん、好きだよ。」 呟くように溢した声は、掠れていた。

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