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90 暁ーあかつきー

「好きだよ。」 耳に届いた掠れ声を頭の中で反芻する。 横をすり抜けていった萌志。 残り香を風が攫っていく。 (……え。) 熱くなりかけていた目頭が嘘みたいに元通りになっている。 震えた膝から地面に崩れ落ちた。 茫然と転がった小石を見つめる。 自販機のくぐもった音さえ、遠く聞こえた。 泣き腫らした萌志の目。 睫毛が濡れて、細かな光を放っていた。 近寄ろうとしたら、拒絶されて。 あぁ、やっぱり。と絶望の淵に立たされて。 それでも、最後だからと勇気を振り絞って言葉を綴った。 気持ち悪いから、近寄るなと。 そうならそうと誤魔化さず言ってほしくて。 苛立ったように語尾がきつくなる、萌志を見て泣きそうになった。 でも。 そんなことをはるかに超える答えが返ってきて。 これは、夢なんじゃないか。 あんなに泣いていたのは、俺のためだったのか。 いつから? なんで? 自分が悪いと、いつから責めていた? 俺のことをそんな近くで想ってくれていたのか? 萌志の告白に実感がわかなくて。 腹の底が熱くなる。 声が涙に濡れて、掠れて。 それでも俺に伝わった言葉。 そんなことありえるはずがないと、何度も想像した 萌志からの『好き』。 視界が揺らめく。 恋をしている。 ずっとお前に。 俺も、好き。 好き。 好きだ、萌志。 待って。 1人で終わったことにしないでくれ。 まだ何一つ俺の気持ちを言ってないだろ。 いてもたってもいられなくなって、もう一度立ち上がる。 もう残りの体力なんか全部使ってしまえ。 もうちょっと。 もしかしたら、萌志の手を掴めるかもしれない。 俺は、触れてもいい? 汚いって思わない? あの、抱きしめてくれた時の温もりをもう一度、求めることを許されるのなら。 俺はお前が欲しい。 大嫌いなんて嘘だ。 嘘ついてごめん。 次は俺がお前を追いかけるから。 大きく一歩を踏み出す。 陰から、完全に出た。 そんな気がした。 小学生の頃の俺は、もういない。 お前がずっと手を引いてくれたから。 俺の悲鳴を聞いてくれたから。 入った校舎。 長い廊下の先。 遠くに見える、その後ろ姿。 その背中にめがけて、大きく息を吸い込む。 「―――――萌志…っ」

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