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声が。
知らない、聞きなれない。
でもずっと会いたかった俺の声が。
静まった廊下に響き渡る。
自分でも、驚いて思わず立ち止まる。
掠れて、震えた声。
でも、確かに萌志に届いた。
廊下の先にいる萌志の動きが止まった。
声が出たら。
お前の名前を一番最初に呼びたかった。
名前を呼んで、ありがとうって言って。
ちゃんと言葉がかわせる。
それが、叶った。
嬉しくて、嗚咽が喉から漏れる。
今までのような、ただの空気音じゃない。
喉を抑えて、しゃくりあげる。
「きざ…っ、きざしぃ…待ってくれ…っ」
子供みたいな泣き方をしてしまう。
廊下の先にいた萌志がぽかんと此方を凝視している。
かと思えば、俺の方に走りだすのが見えた。
俺も、また足を踏み出す。
ばたばたと萌志の道着がすれて音を立てる。
霞む視界に必死で瞬きを繰り返す。
日を浴びてキラキラ。
星屑をこぼしながら、萌志が此方に駆けてくる。
触れたい。
早く。
(早く………!!)
必死に萌志へ手を伸ばした。
すると、泣き笑いを浮かべながら腕を広げてくれた。
「暁!」
伸ばした指先が、萌志に
——————触れた。
手繰り寄せるように萌志の体に抱き着く。
ちょっと高い位置にある首に両腕をまわして、首筋に顔を埋める。
胸いっぱいにその香りを吸い込んで、額を擦り付ける。
萌志、萌志、萌志。
温かい体温にしっかり抱きとめられて
また泣きそうになる。
触れた。
追いついた。
萌志。
俺はもうお前の横に立ってもいい?
ぎゅっと力を込めると、萌志が俺の背中をポンポンと優しく叩いた。
「暁、あの……ちょっと、苦しい……。」
嫌だ。
離したくない。
だって、最近全然触れていなかった。
それに萌志が俺のこと好きって。
俺も好きって。
(……言わないと。)
首筋から顔を離して、その耳元に口を寄せる。
「?……あかつ、」
「……すき。」
その言葉を萌志に伝えて、そっと腕をほどく。
ちらりと萌志の顔を覗き込めば、驚くほど間抜けな表情をしていた。
「…え……?…今、なんて……?」
「……?
…俺も、萌志が好きだって言った。」
もう一度繰り返して伝える。
すると、ぶわわわと赤くなる萌志。
それに俺もつられて顔が熱くなる。
俺、間違えてないよな?
ちゃんと声出てるよな?
不安になって、もう一度萌志の目を見る。
「萌志、……好きだ。
お前と一緒だ。
だから…………、
……おい、なんで泣く。」
ボロボロと萌志が涙を流すから、焦ってその目元を指の腹で拭ってやる。
その俺の手を萌志の手が包んだ。
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