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97 還幸ーかんこうー

翌日、9時半。 最寄りの駅前の広場。 俺がついた時にはすでに萌志はいた。 「え、帰るって、家に伝えてないの?!」 驚く萌志に、こくんと頷く。 昨夜、言おうか言うまいか迷っていたんだ。 でも、今まで母からのメッセージを無視してた分、自ら送るのは少し気まずい。 もし家にいなかったらどうしようとも考えたけど。 結構思い付きでの行動だから、逆に余裕もできていいかな。なんて そんな風に楽観的に考えてしまった。 今となってはまずかったかなとは思うけど。 でもやっぱり4年以上もまともに顔を合わせていない親だ。 今更どんな顔をして会えばいいのかもわからない。 この駅に来るのは、入寮日以来だ。 券売機で切符を買う。 機械から吐き出された切符。 それに印刷された、地元の名前。 忌々しく思っていたはずそれは、今ではひどく懐かしい。 オレンジ色の切符を握って、改札口で立っている萌志の元へ向かう。 定期券を翳して、改札をくぐった萌志の背中を見つめる。 天窓から差し込んだ日差しがその体を照らした。 振り返る。 立ちすくんだ俺を見て、萌志が優しく目元を綻ばせる。 「行こう、暁。 大丈夫。 俺がいるでしょ。」 ドヤァと自信満々なその顔を見て少しだけ笑みがこぼれる。 そうだ、大丈夫。 小さく頷いて、小さな切符を改札に通した。 ピピッという音。 促すように仕切りが開く。 ちらりと駅員の男性を見ると、どうぞと頷かれた。 狭い改札の間。 萌志を目指して一直線。 「よし、じゃあ行こっか。」 * 混んできた車内。 隅の方に追いやられて、背中に密着する他人の熱が気持ち悪い。 久しぶりの電車。 身じろぎしたら、人と必ず接触してしまう。 隣の萌志は何てことなさそうだが、俺の脳内はすでにパンクしそうなほど混乱していた。 普段から、顔を合わせていて、ミヤセンのように 多少なりとも思い入れのある人物は触れても大丈夫ということは分かっている。 でも赤の他人は別だ。 嫌だ。 気持ち悪い。 早く着け。 早く。 早く——— 「暁。」 耐えられなくなって、ギュっと目を瞑ったその時。 徐に腕をひかれ、次に目を開けた時には萌志と壁に挟まれていた。 ぽかんと見上げると 「さっきよりマシでしょ?」 とにっこりされる。 いや……マシだけど。 マシなんだけど。 「……お前な…っ。」 抗議しようと口を開きかける。 が。 「……っ」 大きく揺れた電車の中、バランスを崩した人たちで一気に体に重圧がかかる。 正面に萌志がいたせいで、その胸元に顔が埋まる。 あ。 あったけぇし、いい匂い。 ……じゃなくて。 (ひぃいいい……勘弁してくれ…。) さっきとは別の意味でパニックになる。 あはは~ごめんね、という萌志の呟きも近すぎて小さく頷くので精いっぱいだ。 駄目だ。心臓が持たん。 おそらく伝わっているであろう、心音を意識したことでさらに顔の熱が上がる。 (はやく着けはやく着けはやく着けはやく着け!) あぁ。こんなことになるなんて。 念仏のようにその言葉だけを頭で繰り返すくらいしかできそうもない。

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