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101 合鍵ーあいかぎー

そこからの母はもうテンションが爆上がりだった。 こっちが見ても大丈夫かなと心配になるくらい。 リビングのソファに俺たちを座らせて、一秒すら惜しいとでもいうように足早でキッチンに向かう。 「御波くん、お土産までありがとう~! 深山先生がおっしゃっていたけど、本当に背が高くてかっこいいのね~!」 そう言って、きゃっきゃと少女のように笑う。 私が若かったら絶対1回は好きになってるわ~というつぶやきが聞こえた。 横で萌志は、恥ずかしそうに顔を両手で覆っている。 かわいい。 残念だったな、母さん。 既に息子が恋しています。 真顔でそんなことを考えながら、また萌志に目を移す。 そわそわと髪の毛をいじっていて、俺と目が合うとこそっと耳打ちをしてくる。 「俺、本当にここに居ていいの?」 「……俺はいてほしい。」 「…そう、かぁ。」 俺の言葉に、彼はふふっと笑って居住まいを正している。 『待て』状態の大型犬が横にいるような気分になってきた。 飲み物と萌志が持ってきたお土産を乗せたトレーを持って母が歩いてくる。 すると、萌志はさっと立って受け取ろうと手を伸ばして数歩歩く。 「あらやだ、座ってなさい~」「いえいえ、それは」というやり取りを何度か俺の頭上でかわして 結局、萌志が母からトレーを受け取っていた。 にこにこと楽しそうな母と目が合って、思わずぎこちなく微笑む。 そして、先ほどから気になっていることを聞いてみた。 「ミヤセンから、萌志のこと聞いてた?」 母は向かいのソファに腰を下ろしながら、頷く。 彼女が言うには、ミヤセンは俺が入学した時から家に随時、報告を入れていたらしい。 相変わらず、煙草を吸ってます~だの。 今朝は喧嘩をして登校して来たようです~だの。 他にも、学校行事には出ないこととか、ほかの生徒とは関わっていないこととか。 結構隠さずあいつ言うんだな。 成績表が送られていることは知っていたが、まさか日常の観察日記までとは。 何回かお手紙もくれたのよ、と母は言った。 俺にはつかず離れずの距離を保ちながら、ずっと見守られていたことにむず痒さを感じる。 「それでね、今年の春に初めて御波くんの名前が出てきたの。」 来たぞ来たぞ。 俺は口に菓子を突っ込んで黙って聞くことにした。 そわっと萌志が俺を見たようだが、あえて無視をさせていただく。 春。 屋上。 『きざし』と読めなかった、スリッパに書かれた名前。 いつでもあの時の思い出は鮮明に思い出すことができる。 あの日はどんなに時が経っても俺の記憶の中で褪せることはないんだろう。 「暁に一生懸命話しかけてくれる子がいるって聞いて。 最初は少し心配だったんだけど、連絡先交換したらしいって聞いて驚いた。」 この子、頑固で大変だったでしょ?と母が首を傾げると 「正直、めちゃめちゃ大変でした。」 と言って、萌志がにっこり俺を見る。 俺は何個目か分からないお菓子をむぐむぐと口に含んだまま、ソファに背を沈ませた。 萌志と文化祭を回っていたことまで、母は知っていた。 正直、今すぐミヤセンのスマホをミヤセンごと近くの川に投げ込みたい。 あのジャージ野郎。 めちゃくちゃ恥ずかしいじゃねーか。 照れてるの?と顔を覗き込んでくる萌志を押しやって、今度はお茶の入ったコップに手を伸ばした。 口に水分を含みながら、ちらりと壁にかかった時計を見上げる。 二時過ぎ…。 俺は、腹減ってたから萌志が持ってきた菓子を一人でばくばく食ってしまったけど。 萌志は何も食べていないんじゃ…。 そう思って、萌志のおなかをつついてみる。 「えっ、何?」 「腹減ってねーの。」 俺の問いにキョトンとした萌志だったけど、ううんと首を振った。 でも、ぐぅと俺の手の下で萌志の腹が鳴った。 悶えるように萌志が顔を覆って呻いた。 「あら!暁のおバカ!一人でお菓子食べて!」 「すまん。」 「いや、大丈夫です……気にしないでください…。」 耳まで赤くなった萌志は小さく首を振る。 母は、買い物に行く前で大した食材が冷蔵庫にないからとお金を渡してきた。 2人で外で食べておいでと、紙幣と一緒に鍵も渡される。 首を傾げると 「また、戻ってくるんでしょう?」 そういう母の声には少し不安が混じっていて、安心させるように何度か頷く。 「今日はそのまま泊まりなさい。お父さんにも声聞かせてあげて。」 「……うん。」 「御波くんも!」 「え?!」 母の強引さに申し訳なるけど、俺も萌志にいてほしい。 ちらりと見ると、「いいの?」と言われる。 返事の代わりに、パーカーの袖を握った。 寝巻がないわね、ご飯のついでに買ってらっしゃいと追加のお金を渡され、 さっさと家から出された。

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