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通された自分の部屋。
出ていく前がどんなだったのかなんてもう覚えていない。
綺麗に片づけられたそこは、自分の部屋というには違和感がある。
というか、違和感しかない。
母親が、いつ帰ってきてもいいようにと整えてくれていたのであろうその部屋は、酷く綺麗で『人』を感じさせなかった。
そりゃそうだ。
綺麗なベッドも、カーテンも。
教科書が並んだ本棚も。
どれ一つ、持ち主に日常的に触れられていないのだから。
「………。」
するりと机を撫でて、部屋を歩く。
そしてそのまま、どさりとベッドに腰を下ろした。
新品の匂いがする。
入り口で突っ立ったままの萌志を見た。
「?何やってんの。」
「え?」
ぼーっと部屋を見ていた萌志がハッとしたように俺に視線を向ける。
繕ったような笑顔に違和感を覚えつつも、ぽすぽすと横にあるスペースを叩く。
持っていた袋とカバンを丁寧に置いた萌志は、俺の横……ではなく、ベッドを背もたれに俺の足元に座った。
「なんで床。」
「……駄目だよ~、簡単にベッドに座らせちゃ。」
「?何言ってんの。」
「何でもないよ~……。」
変な萌志。
どことなくデジャヴを感じる。
静かになった部屋。
なんだこれ。
もしかして俺何かやらかしてんのかな。
あ、そうだ。
元気がないなら、さっき言ってた『いうことを一つ聞く』をやって何かしらエネルギーを…。
「萌志。」
「なーに。」
「お前のいうことを一つ聞く。」
俺の言葉に、パッと萌志が俺を見た。
え、何その顔。
「え、何、覚えてたの?」
「?萌志が言い出したんだろ。
しかもそんなにすぐ忘れるかよ。」
俺の返答に、萌志はたちまち笑顔になる。
栗色の巻き髪にひょこんとはえた犬の耳が見えた気がした。
かわいい。
無意識にその髪の毛に掌を滑りこませて、くしゃりと撫でてしまった。
柔らかい髪の毛が、指先に絡む。
その手をやんわりと掴まれた。
ベッドに肘をついて、俺を見上げる形で萌志が口を開く。
「暁。俺、約束するよ。」
「?…うん?」
「俺は暁のこと気持ち悪いって思うことなんて今までもないし、これからだってありえない。
だけど、暁が俺にされて嫌だって、気持ち悪いって思うことがあったら絶対言ってね。
俺は、暁が大丈夫って思ったことだけするから。
暁が傷ついた分、全部忘れるくらい大事にするから。
ね?約束するよ。」
「……。」
俺の手を握る、萌志の体温は心地いい。
それが嫌だなんて思ったことはない。
額にキスをされたって、そりゃ吃驚はしても、嫌悪感とかそんな負の感情はなくて…。
でも、今の萌志の言葉はなんか複雑だ。
対等じゃない。
大事にするってこんな面と向かって言われて恥ずかしいけど、嬉しい。
嬉しさは確かにあるんだ。
でもこれじゃ、俺ばっかりだ。
「……俺ばっかりは、嫌だ。」
「……え?」
「萌志は、それでいいのかよ。」
ぽかんと俺を見る萌志の目を挑発的に覗き込む。
「ほら。
早く。
お前が俺にしてほしいこと言ってみろよ。」
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